暮らし

2023.02.12

なぜフランス人の子どもは、テムズ川を「セーヌ川」と言ったのか

Getty Images

まだ携帯電話などなかった時代のことである。パリのソルボンヌ大学の構内で、公衆電話から電話をかけようとしたときだ。若い女性が既に電話を使っていたので、近くで自分の番を待っていた。女性はげらげら笑いながら、やたらと長話をしていた。私は「早く終わってくれないかな」と思いながらイライラしてきた。

そのとき彼女が、話し相手の伝える電話番号をメモしようとして、ボールペンを探す仕草をはじめた。どうも見当たらないらしく、順番を待っていた私のほうをちらっと見てこう言った。

「Est-ce que vous avez un bic ? (ビックを持っていませんか?)」

私が何を言っているのか聴き取れなかったと思ったのか、彼女はこう訂正して言った。

「Est-ce que vous avez un stylo ? (ペンを持っていませんか?)」

「bic (ビック)」とは有名なボールペンの商品名である。つまり固有名詞だが、それが普通名詞として「stylo (ボールペン)」という意味で使われていることを私はそこで学習した。

似たような例になるのだが、「ティッシュペーパー」の代わりに「クリネックス」という商品名を使うこともある。それほど「ビック」とか「クリネックス」は、社会に普及している商品だと言えるだろうし、そういう例は少なくない。

私からビックを借りた女性は電話番号をメモして、にこやかに微笑みながらそれを返してくれた。しかし、その女性、すかさずそのメモをした番号にまた電話しはじめたのである。自己中な子だと思ったのだが、他に電話ボックスがなく、仕方なく彼女を待った。

パリのタクシー運転手から学んだこと

こんなこともあった。ある年の年末、タクシーでセーヌ川の左岸から右岸の北駅まで移動するにあたり、運転手に急いでくれるよう頼んだときのこと。セーヌ川を渡るまでは結構すんなり進んだ。しかしコンコルド広場に差しかかったあたりから、どうしようもなく渋滞が始まっていた。

パリのタクシー運転手にとって、信号なんてあってないようなものである。譲り合いの精神など通用しない。「どうぞお先に」ではなく、まず自分が前に出るという文化だ。
次ページ > ただ、そのときの運転手は、とても腕のいい人だった。

文=西村拓也

ForbesBrandVoice

人気記事