オーストラリアの鉄鉱石採掘王が60歳を超えてなおゼロから取り組む前人未踏のグリーン水素事業は、果たして実現可能なのだろうか。
世界各地で頻発する異常気象による影響。温室効果ガスの排出に伴う地球温暖化などへの対策が急務となり、規制や補助金も手伝って、多くの企業が競うように地球温暖化対策ビジネスに参入している。
温暖化懐疑論者の多い化石燃料大国・米国でも、ついにその兆しが。豪州最大の富豪が仕掛ける水素ビジネスに勝機はあるのか。
今年4月、米国ウェストバージニア州のプレザンツ発電所。石炭火力発電所の数十人の作業員が、アンドリュー・フォレストが推し進めるグリーン水素、つまり再生可能エネルギーで水を分解して製造する水素についての計画を聞きながら、あきれたような表情を浮かべていた。
オーストラリアから来た鉱業界のビリオネアは彼らにこう語ったのだ。
「この石炭火力発電所には大きな未来があると私は信じています」
彼らが懐疑的だったのも無理はない。“石炭の国”であるこの地域では石炭火力発電所の閉鎖が相次ぎ、彼ら自身も勤め先が廃止されることになったことを数週間前に知らされたばかりだったからだ。
フォレストのメッセージは誠意にあふれていたが、絵空事的でもあった。米国第2位の石炭産出を誇るウェストバージニアの石炭火力発電所26基のうち、22基はグリーン水素製造プラントに転換できるというのだ。
ゼロエミッション(温室効果ガス排出量ゼロ)の水素を製造するためにボイラー製造員や大工、溶接工などが必要になり、それらの人々すべてが発電の過程で水蒸気以外は放出しない、新しいエネルギー源で米国の電力供給を支えることになるというのだ。
オーストラリア随一の富豪であるフォレストが米国では疑いの目で見られているのには、理由がある。二酸化炭素排出の原因のひとつである金属産業界のボスである彼がグリーンエネルギーの伝道者を務めていることが奇妙であるうえに、彼の構想を実現するインフラもいまだ存在していないからだ。フォレストはまだ1分子の水素も生産していないし、発表された計画も確定的な事業契約には程遠い。
それでも、ゴールドマン・サックスはグリーン水素が2050年までに12兆ドル規模の産業になると予想しており、フォレストはグリーン水素の世界最大の推進者となって世界を飛び回っている。24年までに水素の商業生産を始めるべく準備中だという。
オーストラリアのパースにある浜辺の邸宅で宮殿を思わせる居間に腰を下ろしたフォレストは、世界第4位の鉄鉱石採掘企業のフォーテスキュー・メタルズ・グループ(FMG)を築いた人物だ。
彼はこの1年、自身の水素事業フォーテスキュー・フューチャー・インダストリーズ(FFI)を推進するため、米国のジョー・バイデン大統領や欧州委員会のウァズラ・フォン・デア・ライエン委員長、ボリス・ジョンソン英国首相(当時)など世界の指導者たちと会ってきた。
この世界歴訪では、拘束力はないものの十数の約束を取りつけた。例えばエアバスとは、水素燃料航空機の開発を研究することで合意し、ドイツとは30年までに同国に500万tの水素(ロシアからのエネルギーの約30%相当)を送る計画を立てている。また、ケニアではグリーン水素製造プラント建設の協議も進めているという。