投資家との対話で過不足を見極める
──22年4月から7月にかけて世界各国から公開草案に対するパブリック・コメントを募集したのち、9月下旬からISSBボードメンバーによる本格的な審議が始まった。
小森:世界中の投資家や企業、各国当局、会計の専門家などから1400通以上のコメントレターをいただいた。公開草案の大枠については多くの賛同の声が届いている。ただ、業種、ビジネスモデル、企業の規模や準備状況などによっては、公開草案の内容に沿って開示を行うのは難しいとの声もあった。
また、公開草案では重大なサステナビリティ関連リスクと機会の特定についてはSASBが定めている68業種別の開示リストを使うように示しているが、多角的に事業を展開している日本企業からは、自社がどの業種に該当するのかわからないなどの声が複数上がった。「企業価値」や「マテリアル」など、公開草案で用いている言葉の定義が不明瞭だとの指摘もある。これらの意見を踏まえて、草案の一部変更や、ガイダンスを添えることの必要性などをボードメンバーで検討している。
──今後の予定は。
小森:S1、S2については22年末までに議論を終え、23年の早い時期に最終基準の発行を予定している。気候以外のテーマについては、22年末までにあらためてパブリック・コンサルテーションを実施し、基準を開発するテーマと優先順位を決定する予定だ。
──日本企業の情報開示はどうあるべきか。
小森:投資家の、日本企業のものづくりに対する期待感は依然として高い。独自の技術を用いて気候変動対策に取り組み、自社のサプライチェーンの強化や他国へのセールスなどに生かすシナリオを具体的に描いている日本企業を世界中の投資家が求めている。
一方で、日本のものづくり企業は計画を実行できなかった場合のリスクを考え過ぎて、戦略的シナリオの開示などに消極的な印象だ。投資家は、どんなビジネスにもリスクが存在することは理解している。企業が投資家と同じ目線でリスクを的確に把握していることが伝われば評価のポイントになる。
情報開示は企業価値向上の重要な手段であるが、コストも手間もかかる。だからこそ、経営トップがリーダーシップを発揮し、社内外のリソースをフルに使ってビジネスの可能性やリスクについて徹底的に議論し、情報開示の質を高めることが不可欠だ。そのうえで、投資家との対話を通じて彼らのニーズと自社に足りない部分を把握できれば、事業発展の可能性がさらに広がる。情報開示が目的に終わってしまってはいけない。
小森博司◎埼玉銀行(現りそなホールディングス)、三井住友信託銀行を経て、2015年12月に年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)に入所しスチュワードシップやESGの取り組みを推進。22年9月より現職。