その方法は、古来、ただ一つである。
否定も肯定もせず、ただ、静かに見つめる。
もし、自身の心の中のエゴが蠢くとき、叫ぶとき、それを抑圧するのではなく、ただ静かに、「ああ、自分の中で、嫉妬心が動いている」「ああ、心の中で、怒りが湧き上がっている」と見つめるならば、不思議なほど、そのエゴは静まっていく。
逆に、「エゴを捨てよ!」「我欲を捨てよ!」と、無理やりエゴを抑圧すると、しばしば、「自分はエゴを捨てた人間である」と思い込み、自分が一段深い境地に入ったと思い込む、「エゴの自己欺瞞」や「エゴの巧妙な罠」に陥ってしまう。
深い信仰の道を歩み、多くの信者が周りに集まった、浄土真宗開祖、親鸞ですら、晩年においても「心は蛇蝎のごとくなり」と語っていたことを、我々は、忘れてはならない。
しかし、この扱いにくく、厄介な「エゴ」に処する、もう一つの方法がある。
それは、エゴを「大きく育てる」ことである。
例えば、企業に入社したばかりの新入社員は、当初、「同期の仲間に負けたくない」といった次元で小さなエゴが動く。しかし、人間として成長するにつれ、「この職場の仲間と良い仕事を成し遂げよう」「この会社を社会に貢献する素晴らしい企業にしよう」「この産業を通じて豊かな日本を実現しよう」「この新技術によって、人類の未来を切り拓こう」といった形で、小さなエゴ(小我)が、徐々に、大きなエゴ(大我)へと成長していく。
もし、我々が、その「大我」への道を歩むならば、いつか、我々は、古来語られる、あの言葉が真実であることに気がつくだろう。
「大我」は「無我」に似たり。
然り、そこにも、エゴを越えていく、もう一つの道がある。
田坂広志◎東京大学卒業。工学博士。米国バテル記念研究所研究員、日本総合研究所取締役を経て、現在、多摩大学大学院名誉教授。シンクタンク・ソフィアバンク代表。世界経済フォーラム(ダボス会議)Global AgendaCouncil元メンバー。全国7300名の経営者やリーダーが集う田坂塾・塾長。著書は『人間を磨く』など100冊余。