ビジネス

2022.12.12 08:50

個室の無いシェアオフィス。「交流」に重きを置いたアンカー神戸が変えたこと


その考えから、神戸市はポートアイランドとの結節点である三宮に交流拠点がつくれないかと考えた。ちょうどそのとき駅ビルの新設を発表した阪急電鉄が、景観条例を踏まえ、このビルの1フロアを地域経済の活性化に役立ててほしいと市に持ちかけたのだ。そして内装の工事費を市が負担すると決めたことで、「個室」の賃料に頼らなくてもいい、他に類をみない交流拠点が実現することになったのだ。

人と人が話をしやすいレイアウトを


このアンカー神戸の事業立ち上げを担当したのは、今年8月まで神戸市でイノベーション専門官として勤務していた松山律子(33歳)だった。松山はワールドなどのアパレル業界で働いたのち、2019年に神戸市に転職。大阪市西区の江戸堀で少し風変わりな出版社を経営する両親に育てられたという、彼女の独特のセンスに着目しての登用であった。


松山律子

彼女は、アンカー神戸の施設レイアウトを検討するために国内のスタートアップ関連のシェアオフィスを軒並み訪れたが、人と人との交流ができている事例がほとんどないことに気づいたという。

「コニュニティスペースで会話をしている人があまりいませんでした。話しかけてもいいですよという空気感もないのです」

そんなときに、彼女はドイツにある「ファクトリー・ベルリン(Factory Berlin)」に注目する。日本ではスタートアップとクリエイターは同一視されがちだが、両者の文化は明らかに異なっているという。

「スタートアップのビジネスを成功させるには、デザインや映像といったクリエイターの力が必要です。ですが、クリエイターはギラギラしたビジネスの世界が苦手。その両者をつなぐのが空間デザインです。どちらもが心地よくいられる空間がファクトリー・ベルリンにはありました」

そこで、アンカー神戸の東西に細長い間取りを生かして、人と人が偶発的に話をしやすいようなレイアウトを考えた。空間をさえぎる壁もいらない。交流スペースでは、天井を高くして、立ったまま話をしたくなるようにもした。

市が整備するので誰もが親しめなければならないが、新築ビルっぽさは目立たないようにしたかった。そこで、旧居留地の石畳や重工業の鉄(アイアン)をヒントに、内装や家具の素材や色味にまで、神戸らしさにこだわった。



一方で、行政や大企業は、雰囲気や見映えに費用をかける文化はあまりない。既設の天井を撤去するとなると、かなりのコスト増になるのだが、どうやって説明したのか。「天井が低いままでは大型スクリーンが設置できず、参加者が多いイベントができないと説明すると納得してもらえました」と松山は笑いながら答えた。
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文・写真=多名部重則

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