「融合のイノベーション」を起こす
──第4章によれば、イノベーションを阻む最大の壁は「偏見」だそうですね。
サイド:イノベーションには2種類ある。小さな改良を重ねる「漸進的イノベーション」と、パラダイムシフト的な「融合のイノベーション」だ。
後者の例として、キャスター付きスーツケースを挙げたが、スーツケースとキャスターを合わせたことで、重い荷物を運ぶという問題が解決したのは1970年代に入ってのことだ。スーツケース業界とキャスター業界には交流がなかったからだ。
異種のテックをひとつにして問題を解決するには、多様性の欠如が招く「偏見」を克服すべきだ。カプセル内視鏡も、消化器専門医と精密誘導ミサイル用カメラの設計技師との出会いから生まれた。融合のイノベーションと多様性は表裏一体だ。
──世界的な米起業家の共通点は?
サイド:移民として、米国文化を異なる目で眺め、現状に挑戦することだ。そして、祖国で学んだことを米国の現状と融合させ、イノベーションを起こす。
融合のイノベーションが起こりやすい社会には、活力があって粘り強い人が多い。失敗から学び、あきらめずに取り組むからだ。そして、最も重要なのは、多様性に満ちた社会的ネットワークだ。
──日本は、製造業などの漸進的イノベーションに向いているといわれます。歴史的に移民が少ないからでしょうか。
サイド:過度な一般化は差し控えるが、そう考えていいだろう。漸進的イノベーションも非常に重要だが、テックの再構築によるイノベーションを目指すなら、同質性が強すぎる文化はリスクになる。
──最終章では、「多様性の力」を軽視する危険性を指摘しています。「組織や社会の繁栄は個人の違いを生かせるかどうかにかかっており、賢明なリーダーシップや政策、科学的探究によって多様性を活用できれば、その恩恵は大きい」と。
サイド:科学的ネットワークの協働で知識を深める一方、賢明なリーダーシップの下で多様性のあるチームをつくって複雑な問題を解決し、政治家の手で、社会にさらなる成功をもたらす必要がある。
多様性の軽視が危険なのは、同意見の共鳴によって偏った考えが増幅する「エコーチェンバー現象」に陥り、イノベーションを起こせなくなるからだ。複雑さが増すポストパンデミック時代に企業が成功するカギは、多様性の活用にある。
──日本企業は、管理職に占める女性の割合が平均10%前後と、4割超の米国企業を大きく下回っています。
サイド:ジェンダー的多様性の点で、悲惨なレベルだ。企業は、自社をよりよくするための大きな機会を失っている。ジェンダー、文化、知識の多様性について、明確な企業戦略が必要だ。
マシュー・サイド◎1970年生まれ。英『タイムズ』紙の第一級コラムニスト、ライター。オックスフォード大学哲学政治経済学部を首席で卒業後、卓球選手として活躍し10年近くイングランド1位の座を守った。BBC「ニュースナイト」のほか、CNNインターナショナルやBBCワールドサービスでリポーターやコメンテーターなども務める。著書に世界的ベストセラー『失敗の科学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)『才能の科学』(河出書房新社)ほか。