フィル:スタンフォードには、トップの方針として掲げられている“振り子”という概念があります。一方は研究、もう一方は実践への落とし込みです。
例えばスタンフォード大学では、教授が「スタートアップで仕事をしたい」と思えば、それを認める雰囲気があります。問題はスタートアップで成功するかどうかではなく、その教授が実世界で得た経験を大学の授業に反映できるかどうかです。
素晴らしいアイデアがあったら、学内にとどめておく意味はありません。世界最高のバイオリニストであったとしても、森の中で一生懸命に素晴らしい音楽を奏でても意味がないということです。スタンフォードでは、そのバイオリンの音色を世界に聞いてもらって、初めてその価値が生まれるという考えです。
良いアイデアが生まれたら世界に発信すべきであり、その結果としてスタートアップが成功したのであれば、そこに貢献した大学や投資した組織がある程度の見返りを提供するという仕組みになっています。
辻本:日本の場合は研究に集中することが多く、スタートアップにも取り組んでいるのは少数という現状があります。普段の仕事の傍ら事業も行うのは、かなりの労力がいるため、取り組み方を大きく変える必要がありそうですね。
名倉:2つ目のテーマは、「ビジネスや利益の最大限を追求しない大学において、Sozo Venturesは大学とどう付き合っているのか」です。研究者や大学との関わり方について、聞かせてください。
司会を務めたCIC Japan合同会社ディレクターの名倉勝氏(左)
フィル:Sozo Venturesでは、6大学とパートナーシップを組んでいて、そのうちの3大学は日本の東京工業大学と早稲田と慶應です。残りがアメリカのスタンフォード、シカゴ、ハーバードの3大学です。
彼らに対しては、事業展開や寄付、投資などの支援を行っていますが、大学への関わり方はベンチャーキャピタル(VC)によって異なり、私たちのように深く関わっているところもあれば、全く関係を持たないところもあります。
辻本:日本の大学はアメリカと比べるとオープンとは言えず、VCとの付き合いにも慣れていなかったり、前向きになれなかったりしがちです。その姿勢はどうすれば変わるでしょうか。
フィル:日米の比較は難しいと思います。例えるなら、教授は論文を発表して名を上げたいと考える一方、企業人は論文を書くことがないようなものです。畑が違うため、日本の現状が必ずしも悪いとも言えないんです。
辻本:確かに日本のスタートアップエコシステムはつながりが薄いという問題はあるものの、ポテンシャルの高さは感じています。これからは、日本ならではのエコシステムのあり方を探していかなければいけませんね。
フィル:スタンフォード的イノベーションを目指す必要は全くありません。日本独自のイノベーションがあるはずで、その追求が重要と言えるでしょう。