どちらの論文も、もし1つの国が異星人との交信を独占すれば、その国は異星人技術の利益を享受する(あるいは享受すると認識される)だろうと主張している。しかし、最新論文の著者らは、これは極めて起こりにくいことだと指摘する。主な理由は、科学的知識は徐々に、かつ非線形に蓄積されるからだ。彼らは中世の学者が核兵器設計の教科書を渡された例を引き合いに出した。核物理学の知識がなければ、その教科書は将来核兵器の製造が可能になるということを伝えるだけだ。
著者らは、国家が異星人技術を利用して高度な兵器の開発が可能になることは、すでに核兵器が飽和している世界にとって、現実的にあまり意味を持たないとも述べている。
異星人発見後の機密保持や情報封鎖ではなく、最新論文が提唱するのは公開と透明性だ。つまるところ、もし世界を驚かせる発見が起こり、関連する科学者が沈黙すれば秘密主義だと理解されるだろう。科学者や国は、世界から真実を隠していると非難されかねない。それだけでも、もしリスクが高いと判断されれば、国家間の紛争につながりかねない。
しかし著者らは、遭遇シナリオに対する現実政治の反応が、実際には国際協力の発展につながる可能性も示唆している。
地球外文明の発見は、どんなかたちにせよ科学にとって真に革命的な出来事になるだろう。しかし、私たちの日常生活への影響は本当にあるだろうか? 実際のところ、多くの人々は発見後の初期の不安や興奮をすぐに乗り越え、日常生活に戻るだろう。
私たちが心配すべきなのは異星人たちではなく、そのような発見に対する私たちの指導者の反応、そして私たち同志の反応だ。認識は常に現実を上回るので、誤概念や誤解、秘密主義への疑念が発見後の騒動を起こす可能性はある。しかし、結局私たちが基礎物理学を完全に誤解しているのでない限り、発見されてもされなくても、遠くない未来に異星人が私たちの上空に現れることはない。
澄み切った空と大きな瞳に願いを込めて。
(forbes.com 原文)