とはいえ現在では、多くの日本人にとってあまり馴染みのないその地で、地元の食材を駆使し、新しい食文化を発信している若きアメリカ人がいる。
コールマン・グリフィン。ロサンゼルス生まれの都会っ子だ。
LAの人気レストラン「Foundry」で料理人としてのキャリアを始め、サンフランシスコの三ツ星レストラン「benu」で副料理長を務めた。2018年、世界一のレストラン「noma」が、当時の副料理長トーマス・フレベル氏を総料理長に据えて、日本に「inua」をオープンしたという情報をインスタグラムから得た。
その瞬間、グリフィン氏の中で、働きたいという気持ちが猛然と強くなっていったのだそうだ。実は、nomaで2014年に1週間ほどスタジエとして研修を積んだ経験もあったし、日本へは2015年に旅をして10日ほど各地を回り、食文化に非常に興味を持っていた。
それだけ、といえばそれだけだが、3日後にはアプライしていたというのだから、非常に今の時代らしい、場所にとらわれない自由な決断だといえよう。すぐにOKの返事はきたものの、ビザが下りるのに約9カ月かかり、それを待って、2019年に来日した。その後、厨房での実力が認められ、すぐに副料理長を務めるにいたった。
「inuaで学んだことは大きかった」と、グリフィン氏はいう。
「通常のフレンチやイタリアンのキッチンでは、魚、野菜、肉……とセクションが分かれ、配属された部署でもくもくと仕事をこなすのが普通です。ところがinuaでは、dish1、dish2……というようにコースの皿ごとに分かれていて、それぞれ、非常に手のこんだ皿を作り上げていく。それによってたくさんの日本の食材に触れることができ、扱いを学ぶことができました。日本の四季を感じることもできました」
ところが、2021年3月、コロナ禍のなか、inuaは惜しまれながらもその幕をおろすことになった。料理長のフレベル氏はnomaへ戻ることになったが、グリフィン氏は日本にとどまることを決意した。世界的に情勢が悪かったことに加え、せっかくのビザを無駄にしたくない気持ちもあったという。
日本の素材を極めたいという思いももちろんあった。しばらく妙高高原にある知り合いのロッジで働いていたが、その情報を得た湖北のホテル「ロテル・デュ・ラク」がメインダイニングを刷新するにあたり、グリフィン氏に白羽の矢が立ったのだった。