H3 Food Designの菊池氏は言う。「風土とは、伝統と革新だと思っています。風は旅人、土はそこに根ざして暮らす人々。伝統的な暮らしに新しい風が吹き込んでくることによって、食文化は進歩する。グリフィン氏は、日本人にはない新しい感性で、きっとその風になれると思ったんです」。
実際、レストランをオープンして数カ月、思っていた以上にいい化学反応がおきているという。
現在、コースを構成する料理には、琵琶湖の小鮎を焼いて梅と桜のソースをかけたものや、湖北でしかとれない小さな海老をからりと揚げたもの、燻製した魚の骨を煮出したカスタードの上に岩魚の卵を添えたものなど、湖北らしさが溢れ出ている。
畑からもいだばかりの小さな小さなズッキーニには、燻製したトマトのソースと乾燥させた氷魚とスジエビがふりかけにして添えられていた。
店内の壁を彩るのは、近隣の信楽で焼いたというタイルたち。湖底のように濃いブルーと、古い地層を想起させる赤茶色のタイルが織りなす気の流れのいい空間で料理をいただくのは、心が洗われるようだ。
厨房での働き方のシステムもすべて、グリフィン氏が決めていて、率先して週休2日制を取り入れている。スタッフが健全でベストな状態でなければ、レストランとしてベストな状態にもっていくことはできない。そのためには、効率的に働き、しっかり休息をとる。その休息の時間を使って、生産者を訪ねたり、周囲の歴史に触れるなど、風土の魅力を吸収することに役立てればいいという考えだ。
ロジカルなのは、アメリカ人ならではという側面もあるだろうが、レストランそのものの持続可能性としては、大変に重要なことである。シェフというトップに立つ人間にはなくてはならない資質だろう。
30歳とまだ若い彼に、夢やゴールを聞くと、「忙しいレストランにしたい」という答えが返ってきた。
「忙しいということは、お客さんがたくさん入り、きちんとした収入があるということで、ここで働きたいと希望する人もふえ、地域の食材をたくさん使うことにもなるので、地域経済の活性化にもつながります。いい循環がどんどん生まれるということです。まあ、もう充分忙しいんですけれどね」
笑顔がなんともチャーミングなグリフィン氏は、若いだけにエネルギー量も大きい。彼が触媒となって、湖北地方に起こす化学変化、そしてそこから日本全国へと波及する変化の波。今後の活躍が楽しみだ。