「戦友」になったシングルファザーとその息子。奮闘の先に起きたこと|「クレイマー、クレイマー」

映画「クレイマー、クレイマー」より イラスト=大野左紀子

「イクメン」という言葉が新語・流行語大賞のトップ10入りしてから12年。ある調査によれば、25年前は0.12%だった男性の育児休暇取得率は昨年13%近くまで上昇しているが、「出世に興味がないのか」など周囲の視線が厳しかったり、そもそも「イクメン」という言葉に違和感を覚えるという人も少なくないようだ。

今回取り上げるのは、シングルファーザーの育児を描いた『クレイマー、クレイマー』(ロバート・ベントン監督、1979)。第52回アカデミー賞作品賞ほか数々の賞を獲得し、当時大きな話題を呼んだ作品である。

主役は男性だが、「妻、母としての役割だけに縛り付けられてきた女性が、自立を目指して家を出る」というモチーフも、女性の社会進出が謳われる一方で家庭内の性別による役割分担はそのままであった状況を反映したものとして、注目された。

タイトルは、夫であるテッド・クレイマーと妻であるジョアンナ・クレイマーを並べたもので、子供の養育権をめぐる裁判でのクレイマーvsクレイマーを指している。

生活というささやかな安心のかたち


栄転の話が持ち上がって浮き足立っている最中、家事育児の一切を任せていた妻ジョアンナ(メリル・ストリープ)が突然家を出て行き、5歳半の息子ビリーを抱えて夫テッド(ダスティン・ホフマン)は、てんやわんやの生活に突入する。

彼と息子ビリーとの関係を軸に、仕事一直線で家庭を顧みることをしなかった男の奮闘ぶりを描く前半は、イクメンという言葉が登場する何十年も前の、「男はいかにしてイクメンになるのか」物語とも言えるだろう。

とは言え、それは自発的な行動ではもちろんなく、選択の余地なく渋々始められたことだから、見事に失敗を重ねていく過程は見ていてかなりいたたまれない。

生活とは、毎日の細かく面倒な作業の積み重ねの上に成り立っている。日々積み重ねても何か特別な結果が出るわけではないが、とにかく毎日淡々と決まった作業が遂行されることで、生活のかたちがつくられていく。それはささやかな安心のかたちでもある。幼い子供がいれば一層、そのルーティンは重要なものになるだろう。
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文・イラスト=大野 左紀子

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