「戦友」になったシングルファザーとその息子。奮闘の先に起きたこと|「クレイマー、クレイマー」


こうした中でテッドの変化が、まず出勤時の服装に現れるのが興味深い。いつも妻が用意してくれていただろうパリッとしたスーツから、ノーネクタイにコットンパンツとどんどんカジュアルになっていく。クリーニング店に行っている暇もないからだろうが、これは出世より家庭の方に重心が置かれるようになったことを示す現象だ。仕事上の建前的コミュニケーションより、生活の中の本音のコミュニケーションが前面化してきた現れとも取れる。

ジョアンナの友人だったマーガレットに「妻に知恵をつけたのは君か」と当初は反発するも、次第に彼女の意見にも耳を傾けるようになったり、それまでは妻任せだったハロウィンパーティに参加したり、随所に柔軟性も現れる。

前はビリーの服装の乱れにも構わなかったのに、靴の紐が解けているのを目ざとく見つけるなど、あちこちに気配りができるようになっていく過程は、思わず「お父さん、やればできるじゃん」と励ましたくなる。もっともその反動で一夜のアバンチュールがあったりするのも、男には単に良き父の面があるだけではないというリアリティだろう。

注目すべき2つの「反復」


こうした中で、注目すべき反復が2つある。その1つは、この作品を象徴すると言っても良い、朝食のフレンチトーストづくりのシーン。

ジョアンナが出て行った翌朝、テッドは初めてのフレンチトースト制作に挑戦し大失敗する。この場面の辛さは、「パパは何でもできるんだ」と息子を安心させようとしているテッドのカラ元気が痛々しいだけでなく、父の危なっかしい所作にビリーが終始不安を抱いていることが伝わってくる点にある。まさにこれから始まる嵐の予感が、この一連のシーンに凝縮されていると言ってもよい。


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フレンチトーストが再度登場するのは終盤、養育権をめぐる裁判に勝訴したジョアンナが息子を迎えに来る日の朝だ。キッチンでの、テッドのすっかり手慣れたスムースな手つき、手伝うビリーとのあ・うんの呼吸。互いに別れの悲しさを押し殺した沈黙のうちに、父と息子がこの1年半をかけて、手探りでカオスの中からつくり上げた生活のかたちと重みが伝わってくる。2人は親子であると同時に、既に固い絆で結ばれた戦友同士に成長しているのだ。
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文・イラスト=大野 左紀子

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