一家の生計を立てるのはテッドの役割だったが、家族の生活のかたちをつくるのはジョアンナが一手に引き受けていた。その無償の労働と細やかな気配りが突然消え失せて、父と幼い息子だけになった時、日常の何がどのように崩れていくかが、ビリーの服装の乱れやだらしない食事風景などを通して描かれる。
きちんと生活を作る側からすればそれは明らかな逸脱なのだが、どこかカオスな自由も感じられるところが面白い。
左から、ダスティ・ホフマン、メリル・ストリープ、ジャスティン・ヘンリー(2007年/Getty Images)
多忙な仕事とビリーの送り迎えにあたふたしているテッドには、母の家出に一番傷ついているだろう息子のデリケートな内面を思いやる余裕はない。
ジョアンナから来た手紙を読み聞かせ、「ママにはしたいことがある」とかたちばかり妻の代弁をしてみるものの、それを聞いて項垂れるビリーに精神的なケアをするわけでもない。というより、できないのだ。おそらくこの人は長らく、こうしたいささか無神経な態度で妻にも接してきたのではないかと感じさせる。
彼がようやくビリーの気持ちに気づくのは、離婚の覚悟を決めてジョアンナ関係の物を片付けた後、その箱に入っていたはずの一枚の写真を、ビリーの部屋で見つける時である。
父への怒りと反抗
一方、父母のすれ違いについてまだよく理解できないビリーは、母の不在を自分のせいではないかと感じつつ、一方では仕事にかまけて自分のことをおろそかにしがちな父への怒りが溜まってゆく。
食事中にアイスを食べようとするビリーに、「一口でも食べたら……」とキツく躾をしようとするテッド。しかしビリーは、父の怖い顔を横目に決然とスプーンを口に運ぶ。もうおまえの言うことは聞かないぞという、圧倒的な反抗の身振りだ。おまえのルールなんか嘘っぱちだって、こっちは知ってるんだぞ。
怒鳴り声と泣き喚きの一山を越え、自分のせいでジョアンナが出ていったことをテッドがビリーにやっと告白するシーンで、父と息子の絡まった感情は溶解する。テッドは夫として失敗した素のままの自分の姿をビリーに晒し、ビリーもそれを受け入れる。父と子の固い抱擁は、互いに相手しかいない、この2人で頑張って生活していくしかないということの確認だ。