カンヌも騒然 車を偏愛する女性を描いた異色作「TITANE/チタン」


身体の変容や破壊によって恐怖を演出する作品は「ボディホラー」とも呼ばれるが、この「TITANE/チタン」も作品の前半だけを取り上げればそのジャンルに属する作品かもしれない。


(c)KAZAK PRODUCTIONS – FRAKAS PRODUCTIONS – ARTE FRANCE CINEMA – VOO 2020

しかし後半では作品のトーンはがらりと変わる。主人公のアレクシアが親子ほどの年齢差のある消防士ヴィンセントと出会ってからの展開は、まさに愛についての物語(かなり珍奇ではあるが)と言ってもいい内容となっている。デュクルノー監督も次のように語る。

「初めは暴力のせいで、嫌な感じに見えるかもしれません。でも、そのうちキャラクターたちへの深い愛情が湧いて、最終的にラブストーリーに思える映画にしたかった。もっと厳密に言えば、愛の誕生のストーリーなのです」

D・クローネンバーグの影響も


カンヌ国際映画祭史上、女性監督として2人目のパルム・ドール受賞に輝いたデュクルノー監督だが、実は驚くことに「TITANE/チタン」は、彼女としては長編映画を撮り始めてわずか2作目の作品だ。

1作目の「RAW〜少女のめざめ〜」(2016年)は、菜食主義の家庭で育った主人公の少女が獣医の学校に入学して肉食を強要されることでカニバリズムにめざめていくという、これも衝撃的な内容だったが、同じくカンヌ国際映画祭で国際映画批評家連盟賞を受賞するなど高い評価を得ている。

ジュリア・デュクルノーは、1983年、フランスのパリ生まれ。父親が皮膚科医で、母親が婦人科医の家庭に育つ。フランス国立高等映像音響芸術学校の脚本家を卒業し、短編映画「Junior」(2011年)がカンヌ国際映画祭の批評家週間に選出されて注目を集める。

若い頃から影響を受けた映画監督としては、彼女はボディホラーで有名なデヴィッド・クローネンバーグを挙げており、「TITANE/チタン」や「RAW〜少女のめざめ〜」の両作品にもその志向が如実に現れている。

「TITANE/チタン」で主人公のアレクシアを演じているのは、1988年生まれの新人女優アガト・ルセルだ。ほとんど言葉を口にすることのない難易度の高い役を、身体を張った大胆な演技で存在感豊かに演じている。


(c)KAZAK PRODUCTIONS – FRAKAS PRODUCTIONS – ARTE FRANCE CINEMA – VOO 2020

彼女は、もともと作品のキャステイングディレクターによってインスタグラムで発掘されたのだが、女優としての活動のほかにも、モデルやジャーナリスト、カメラマンとしても活躍しているという。デュクルノー監督はルセルを主人公に起用した理由を次のように話す。

「私は彼女の内面を深く掘り下げ、彼女が行き慣れていない場所へと追い込む必要があったし、時間がかかるのは明らかでした。キャスティングのための集まりで初めてアガト・ルセルを見たとき、彼女は本当に目立っていました。理想の身体つきと魅力的な顔をしていて、存在感もありました」

前半のボディホラーのような作風と後半のラブストーリー的展開。しかも決して登場人物が多いとは言えない限られたシチュエーションのなかで、主人公を演じ切ったアガト・ルセルを、デュクルノー監督も絶賛している。実質的なデビュー作ともなる「TITANE/チタン」の演技で、彼女もまた注目を集めているのだ。

スキャンダラスな内容でカンヌ国際映画祭を騒然とさせ、コンペティションでは「ドライブ・マイ・カー」と競い最高賞に輝いた「TITANE/チタン」。次々と繰り出される衝撃的な映像に幻惑されたとしても、ぜひエンドマークまで観ることをお勧めしたい。そこにはこれまでにない不思議な「感動」が待っている。

文=稲垣伸寿

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