阪大「伝説の講師」の極意。わからんことはいったんほっとく

大阪大学伝説の講師・谷口真由美氏

著書『おっさんの掟: 「大阪のおばちゃん」が見た日本ラグビー協会「失敗の本質」』 (小学館新書)が刊行後たちまち重版、大ヒットの谷口真由美氏。法学者にして、TBS「サンデーモーニング」のプレゼンターとしても人気だ。東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗前会長から、「『わきまえていない』女」とも解釈できる発言があった、日本ラグビーフットボール協会の元理事としても知られる。

じつは谷口氏は、最難関国立大学のひとつ、あの大阪大学で2005年から10年以上続いた講義「日本国憲法」のカリスマ講師でもあった。彼女の大人気講義は金曜の1限、午前8時50分という開始時間にかかわらず学生たちを釘付けにし、300人以上の大講義室を毎回満員にした。

現在も大阪芸術大学で教鞭をとるその伝説の講師に、「教える」ことにおける「総論」、「各論」それぞれの意味や、「知識」の使い方について聞いた。新人教育を任される機会も増える春、彼らをどうコーチングするか。または、自ら新人としてまったく新しい莫大な知識を前にした時、どうふるまうべきか───。

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興味のないオーディエンスは「10歳の子ども」と思え


多くの人たちの前で話をする機会も多い春。まずはどうやって聞き手の興味を引くかが、すべてのプレゼンターの課題ですよね。

大学の話をしましょう。文科省の方針で「出席」が評価軸になったので、今の学生はかつてのように「自己休講」などはせず、真面目に出席はします。でもその分、興味のないオーディエンスが増えたと思います。教師にとっては、興味のない学生にいかに興味を持たせるかが勝負になっていますね。

大学で教える時に今でも私がやっているのは、「10歳の子どもでもわかるように話す」こと。物語の大枠や抽象概念をとらえる力や共感力が育まれるのは10歳くらいですから。

あとは、興味のないオーディエンスにはとくに『小さい主語で話す』ことがだいじです。



たとえば日本国憲法前文の1文目も、「日本国民は」という主語の代わりに、「谷口真由美は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し」として読んでみる。そうすれば、動詞が全部自分にかかってきます。阪大の講義でも、学生たちに、自分のこととして肚落ちするには、主語を自分にすることだ、と話していました。

春、研修などで大勢に話をする機会があると思いますが、そうやって「主語を小さく」して、オーディエンスひとりひとりに、自分ごとに落とし込んでもらうことも効果的です。

抽象概念が多い「総論」は難解、でも──


「学ぶ」とき、そして「教える」とき、総論と各論を分けて考えることは重要だと思います。

大学教科書の冒頭はたいがい「総論」で、抽象概念が多いので難解ですよね。でも、「各論」に落ちてくれば、理解はしやすい。だからこそ、難しい冒頭でいやにならずに進んでいくことがとても大事です。

春、ビジネスの環境でも、若い人材には、まず業界風景の大枠やその業界を取り巻くマクロの時代風潮、そこでの自社のポジション、存在意義などいわば「総論」を伝えることは必要です。

でも肝心なのは、「今話したこと、とりあえず無理に理解しようとしないでわからんことはいったんほっとけ。『タメの時間』を自分で持っといて、そのうちわかるから」とも伝えること。実際の仕事で経験を積むうちに、教わった総論、抽象概念が腑に落ちてくるはずだよ、と。

具体的にクライアントを持ったり、プロジェクトに参加したりしながら「各論」に進んでいけば、キャリアの「冒頭」で伝えられた大枠がすっくりと全貌をあらわすタイミング、腹落ちする瞬間がくるのです。

知識は貯金と同じ。「満期になるまで解約できない」


抽象概念が多いものの、「総論」は、各論を理解する上でのいわば必須教養です。たとえば、哲学的な概念も含めた「法とは何か」の基礎概念を飛ばして日本国憲法を教えられても、本質的な理解ができないのと同じことです。

ただ、知識は貯金と同じで、「満期になるまで解約できない」。でも満期、すなわち「期が満ち、その時が来れば」使えるんです。

ですから、若い人材には「おせっかい」になって、自分が過去の学びで「もっとこうしてればよかったこと」をシェアしてあげられると、なおいいと思います。「満期」まで待てなかった苦い経験、あるいは「総論のここをもっと教わっておけば、満期になって解約した時にどっと儲かったはずだよなあ」、「ここをもっと聞いておけば、各論に進んだ時に生きたのになあ」を思い出しながら、教えられるといいですね。


おっさんの掟: 「大阪のおばちゃん」が見た日本ラグビー協会「失敗の本質」』 (小学館新書)
(ラグビー新リーグ、2022年1月開幕の中心的役割を果たし、前年まで法人準備室長・審査委員長を務めた著者はなぜ突如としてラグビー界を追われたのか。彼女が目にしたラグビー界は、驚くべき「おっさん」的価値観が支配する日本社会の縮図だった──。)

文=石井節子

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