「基本的にマーケットのリサーチやポテンシャルの把握はしない」と語る辰野氏。そこには「誰も歩いていない場所に道を作っていくことに喜びを感じ、価値を感じる」という登山人としてのスピリッツがベースにある。加えて辰野氏が重視するのは、「アウトドア愛好家として、自分達が何を欲しているか?」という消費者視点だ。
「何が売れるかではなく、何が欲しいか。自分達がモンベルの第一ユーザーなのです。考え、信じ抜いた製品に賛同いただける方に向けて、ビジネスをしていく。それが100人、1000人と徐々に増えていった」。
結果、今やモンベルクラブの会員数は100万人を突破したのだ。
思いを共有する会報誌「OUTWARD」
だからこそ、ブランドの思想を伝える会報誌は重要な立ち位置を占める。年4回発行する「OUTWARD(アウトワード)」は、世界でもっとも発行部数の多いアウトドア情報誌だ。
本誌では、取扱い製品やアクティビティ関連情報だけでなく、モンベルにゆかりのある著名人や地域、さらには環境問題や教育問題まで取り上げる。辰野氏自らもコラムを執筆するし、2022年春に刊行した「OUTWARD」第94号では、建築家・藤森照信氏と“自然と調和する建築”にまつわる対談を行った。
「OUTWARD」第94号より
会報誌の企画・編集は自社の社員が行う。
「もともと山岳会には会報誌があって、どの山に登ってきたとか、情報共有をする。会報誌は、登山人である自分にとって常識的にある文化なのです。モンベルクラブでも製品情報を載せたカタログとは別に、同人誌的な意味合いのある会報誌を作りたかった。だからエディターを外部から呼ぶのではなく、自社の社員から発信することにこだわっています」
「OUTWARD」第93号より。連載「モンベル製品が使われる現場」も好評だ
会報誌「OUTWARD」は、いわば顧客と社員のコミュニケーションの場である。ブランドの想いを伝えることで、顧客からの信頼を獲得し、長く愛されるブランドに。会員がまだ4万人程度だった頃、辰野氏は創業30周年に100万人の会員突破を予言したという。辰野氏の言葉は社員に火をつけ、50周年を迎える前に100万人を達成。1人の登山人から生まれたブランド思想は、社内全体に、そしてモンベル愛好者へと浸透していったのだ。
30年後も社会に必要とされるブランドへ
「もし、30年後もモンベルと言う会社が存続できているとしたら」。辰野氏は3つの視点で未来を見据える。1つ目は、商品力。「ユーザーにとって、買ってよかった、助かったと思える商品を作り続けられていれば、求められるはず」
2つ目に、社会における会社の存在意義。「物を販売するだけでなく、様々な局面で社会に必要な会社でなければいけない」。持続可能性を考えるからこそ、3Rに基づいたサービスを当たり前に行う。目先の集客に走って無料の会員制度を作るより、顧客と長いコミュニケーションが取れる有料の会員を持つ。
最後に、経済力。社会貢献度が高くとも、製品の利益が出ていなければ当然会社として機能できない。「3つのバランスを取り続ける事ができれば、30年後も愛されるブランドになるのでは」。顧客視点を忘れず、着実に登り続けるモンベルに、頂上はない。まだ見ぬ新たな道を求めて、歩みは続いていく。