周囲にどれだけ敬意を払えるか。役所広司のオーラのつくり方

Anthony Kwan/Getty Images


「ところが、大事な入塾式に、僕は遅刻してしまうんです。当日の朝、迷わないようにと前日に式の場所の下調べまでしたのに、寝坊してしまって。アパートの階段を転げ落ちるように降りていったことをいまも覚えています」

しかも、その後に慣れないタクシーに乗ったのがいけませんでした。完全に道に迷い、2時間も遅刻してしまうのです。

「忘れ物をしました、なんて言い訳が通用するわけがありません。僕はもともと時間にルーズな人間でした。このとき、最初にガツンと怒られて早く来るようになったんですが、そもそも生活が乱れていました。

その後も、ときどき遅刻しては怒られていました。ここぞとばかりに、激しく。ときどきなのに、なんで俺ばっかりと思ったこともありましたが、仲代さんにしてみれば、手に取るようにわかったんでしょう。こいつは何をしでかしそうだと」

現場での真剣さだけは譲れない


無名塾で叩き込まれたことは、その後の俳優人生にも大きな影響を及ぼすことになります。

「最初に耳にタコができるくらい言われたのは、ちゃんと挨拶をすること、それから先輩を立てることでした。時間のことも含めて、大事なことを教わったと思います」

映画へ出演するようになっても、撮影現場で強く意識するようになったことがあります。共演相手の俳優はもちろん、裏方のスタッフを含めた関係者への敬意です。

「いい舞台をつくってもらえたら、役者はスタッフと真剣勝負をしないといけないんです。そこで本気で立ち向かえたなら、ようやく仲間にしてもらえると僕は思っています。映画でも、そういう仲間意識をみんなに持ってもらえるよう頑張ろうと思ってきました」

役が決まったら、もちろん事前に役づくりをします。台本を読み、スタッフが集めた資料にも目を通す。一方で、自分で映画に関係する本を見つけたり、インターネットで検索したりすることもあるといいます。

「でも、実際にセットに入ると、そうか、こういう人だったのかと気づかされることが多いんです。例えば、家具の配置だったり、散らかり具合だったり、本棚に置かれている本だったり、灰皿の盛り方だったり。

監督やスタッフは、そこまで想像してセットをつくってくれている。そうすると、それまで自分で考えていた役の色がちょっと変わって見えてくるんです。その瞬間が僕は好きなんです」
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文=上阪 徹

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