他の俳優との共演も同じだといいます。演技が始まると、相手の表情や顔色、しゃべり方に神経を集中します。そこから、自分が演じるべき役柄についての、新しいヒントをつかみます。それを直感的にかぎ取り、自分の役づくりにも使うのです。
優れた役者は役になりきり、自らを出し切るのではないかと素人は考えます。しかし、主役のオファーが次々にやってくる役者の演技はそんなレベルではありませんでした。
まわりが発しているもの、共演する俳優が発しているもの、そうしたすべてを受け止め、自分の役に加えて行くのです。演じる人物は、こうしてさまざまな人の力をも吸い込んでいくからこそ、強力なオーラを発するのです。
「最大の魅力は、みんなが真剣になる瞬間なんです。役者にしてもスタッフにしても、うまいとか、下手とか、そういうことが問題なのではありません。
スタッフの思い入れがあり、役者のこだわりがあり、それが現場でぶつかる。最後は監督の指示でまったく違うものになったとしても、それぞれが真剣になるからこそ出てくる、これだけは譲れないという思い、気持ちが空気として漂う。それが、いいものをつくるんです」
Jun Sato/Getty Images
役所さんは、丁寧に、ひと言ひと言、噛みしめながら、ゆっくり話す方でした。事前に寡黙な人だとも聞いていました。ところが私の場合、取材に同席していた映画関係者が驚くほど、多くを語っていただいたインタビューになりました。
言葉が次々に飛び出してきたのは、役所さん自身についての質問ではなく、事前の試写で見た映画について、裏方の努力が垣間見えたことを伝えた瞬間でした。
ひとつひとつのシーンをつくるためにスタッフがどれほど頑張ってくれたか、自分がどんな思いで映画づくりに向かっていたのか、そこから次々と言葉があふれ出してきたのでした。
そして思い切って、役所さんがまったく別の顔を見せるコミカルな缶コーヒーのCMについても聞いてみると、その表情は一気に笑みで一杯になりました。
「ストーリーのついた企画書を最初に見せてもらったときに、笑い転げたんですよ。面白くて。この企画でCMを成立させてしまう会社の太っ腹さに感激しましてね」
役所さんは、どん底から始まって、華々しい主役のチャンスを次々につかみ、それをまさに活かした人です。
では、なぜそれができたのか。もちろん、いいものをつくりたい、面白いものをつくりたいという思いの強さと努力があったことは間違いないでしょう。しかし、それだけではない。一緒に仕事をする人たちに対する圧倒的な敬意こそが、役所さんの演技を形づくってきたのではないか。そんなふうに感じました。
連載:上阪徹の名言百出
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