酒井伸吾さん(右)と岩田真吾社長
だが、酒井さんは「工業製品を扱っている人は近くにおらず、ウールという共通点がありつつ、大量生産、大量消費の世界でむしろ対極にいるイメージだった」と明かす。そこに「羊マニア」である岩田社長が訪ねてきた。岩田さんは2016年に羊毛の産地であるオーストラリア・タスマニア島に足を運んだのをきかっけに、羊の世界にのめり込んでいった。
「先輩には遊びに行っているだけと言われましたが、ウールの生地を扱っているのにその根源を知らなければという思いでした。現地の羊飼いと仲良くなり、いまはそのプライドと思いを持って、生地づくりができています」と岩田さんは語る。酒井さんは、そんな岩田さんに「日本で大量生産をせずに、それぞれに寄り添ってものづくりをする、という意味では羊毛もお肉も一緒」と仲間意識をもつ。
高級生地であるメリノウールの羊は、日本の気候に合っておらずほぼ国内では飼育されていないが、酒井さんは「耳が立ったチェビオットは、お肉としても食べられて、ツイードの生地にしたら高級品。肉用であればテクセル。太ももが発達して肉質が良く、脂の乗りが良い」などと特徴を次々と説明した。ちなみに羊一頭でも、部位によって味は全く違い「みんな違ってみんな良い」と熱く語った。これに対し、岩田さんも「羊個体の個性にまで踏み込んだ日本のウールの活用をすれば、生地として新しい用途も生み出せるかもしれない」と語った。
部位ごとに説明しながら羊肉をさばく酒井さん
それから半枝の羊が焼き上がり、酒井さんが手際よく部位ごとに説明しながら、さばいていった。味付けは塩こしょうとローズマリーだけでシンプルに。参加者は、用意されたバーガーのパン生地に自分で肉とレタスを挟んで食べた。ラムといえば臭みがあるイメージが強かっただけに、味の爽やかさに驚いていると、酒井さんが「これが本来の羊の味。新鮮であれば、臭みは少ないものです」と教えてくれた。
羊肉とウール──。確かに私たちは意識せずとも、どちらも羊から享受している。余すことなくさばかれていく羊肉を眺めた後にバーガーとして口にした時に「これぞ、サステナブルエンターテイメントか」とふと思った。羊に思いを馳せながら、循環する命の大切さを感じた。
爽やかな味わいがしたラムバーガー
内向きだった産地に吹き始めた、新しい風
「ひつじサミット」を通じて、新たにファクトリーショップをオープンしたり、尾州ウールの新商品を開発したりする動きもあり、尾州産地には新しい風が吹き始めている。もともとBtoBが主流の産地で、地元でも意外と名が知られていないという課題があった。
発信においては、地元テレビ局「名古屋テレビ(愛称:メ~テレ)」と連携し、YouTubeの「メ~テレ 公式チャンネル」でイベントの様子がライブ配信された。
アトツギのトークショーに登壇した、ニット製品向けの糸の染色加工を手がける伴染工(愛知県一宮市)では、ある参加者が工場に入ると「懐かしい匂いがする。学校を思い出す」と言ったという。伴専務は「その方は学校の隣に染色工場があったと言います。そういえば、通学路で小さな工場の中からカシャカシャと、機屋さんの織機の音が聞こえてきたり。繊維の街で、何気なく産業体験をしていたことを思い出してもらえた」と語る。参加者アンケートにも「地元に誇りを感じた」という声が多くあった。
内向きになりがちな産業が外へ開くことで、地元の人たちにとっても、地域ならではの特徴を再認識するきっかけになっている。