ビジネス

2021.06.14 10:30

「世界一のミミズ」の会社へ。借金13億円からの機転と変心


プレイヤーは出揃った。後は結果を出すだけだ。脇本はひたすら数字を追い、社員に発破をかけ続けた。業績は回復し、ボーナスも出せるようになった。だが一方で、「社長のやり方はきつい」と話す社員の声も漏れ伝わってきた。

「事件」が起きたのは、まさにそのころだった。

ある朝、最古参の社員が出社しなかった。自宅を訪れると、彼は脳卒中でひとり息絶えていた。

「僕が社長になったときに役職を外れてもらった方でした。『最後には、うちで働いてよかったって言えるようにする』って伝えて理解してもらったんです。でも、結局何もしてあげられへんかった」

大切なのは、金よりも社員の働きがいと生きがいではないか。会社より何より、経営者である自分が変わり、社員やその家族、社会との共生こそ目指すべき姿だと気づいた瞬間だった。

「みんなでよくなりたいという心をもっているほうが仕事は絶対うまく回るし、質も上がる。実際、数字を追わせるより社員と社長の距離を近くするほうが、よっぽど業績が伸びました」

ミミズを育てる環境改善にも取り組んだ。長岡工業高等専門学校の赤澤研究室と共同研究を行い、厳選された養殖床を使い、食物繊維を与えてミミズ体内の不純物や細菌を減らす「クリーンミミズ飼育法」で特許を取得した。14年には、この手法で育てたミミズから原料となる酵素を抜き出すことに成功。17年末には、悲願だったミミズ由来の糖質分解酵素阻害剤に関する特許も取得した。新興国を含めたグローバル市場への展開を視野に入れた、6年越しの挑戦だった。

ミミズの可能性を信じ、大手企業が避けるような茨の道を歩んできた。今、脇本の目は食料不足など世界規模の課題をとらえている。

「私たちが扱うミミズのタンパク質を乾燥させると、哺乳類にとって吸収性が高い成分に変わるという研究報告があります。10年以内にはミミズを、安価に栄養を摂れる昆虫食として実用化したい」

これだけでも驚きだが、脇本にはさらに大胆な構想がある。「ミミズは医療だけでなく、食糧やエネルギー問題を解決できるポテンシャルをもっています。しかしそれには、莫大(ばくだい)な量のミミズが必要で、飼育には広大な土地も要ります。先日、遺伝子工学の専門家と連絡を取り合えたんです。彼とパートナーシップを組み、遺伝子工学によって、省スペースで飼育できてスピード繁殖が可能な『ハイブリッドミミズ』の開発に取り組んでいます」

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約70年の歴史を誇る総合感冒薬「みみとん」をはじめ、ミミズを用いた健康食品や乾燥粉末製剤を開発している。会社の挑戦を社員が支えてきた。

また一段と大きな話だが、次の一手を語るときの脇本はいかにも楽しそうだ。

「仕事はすごい好きなんでね。どうやったらクリアできるやろとか考えたりしているのが楽しい。しんどいと思ったことはあんまりないですね」

逆に、順風満帆で何も課題がなかったら? そう聞くと、苦笑いしながら首を横に振った。

「いや……それは逆にしんどいです」

飽くなき探究心と挑戦意欲。脇本には当分、しんどいと思う日が訪れることはなさそうだ。


ワキ製薬◎1882年創業の製薬会社。ミミズ(地竜)を原料に用いた医薬品や健康食品を開発している。2012年には研究開発部門を立ち上げ、京都大学などとも連携。ミミズに含まれる機能性成分の解明に努め、論文や特許を通じてその可能性を世界に広める。

脇本真之介◎1976年、奈良県生まれ。帝京大学中退。大阪の会社で営業職を経て、ワキ製薬に入社。2012年に代表取締役社長に就任。製造業から研究開発型企業への転身を目指し、研究開発部を設立。製薬に関する論文・特許を取得。

文=瀬戸久美子 写真=佐々木 康

この記事は 「Forbes JAPAN No.081 2021年5月号(2021/3/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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