「向こうさんのかんに障ったんでしょうね。結果的に代理店と原料メーカーが手を組み、僕らが飛ばされてしまったんです」
原料の調達先と代理店を同時に失い、残ったのは約13億円の借金だけだった。万事休す。そう思いきや、ここで脇本は父に「社長を変わってほしい」と訴えたという。
「このままでは父親の名誉が傷つきかねない。だったら代替わりして、『息子が潰しよった』って言われるほうがいいと思った」
とはいえ、33歳の脇本に明確なビジョンがあったわけではない。だからこそ、思いついたことはすべて実行に移した。顧客には先払いを頼み、産業廃棄物は分別して売った。給料をもらっていた親族には「悪いけど辞めてくれ」と告げた。家族からは「お前だけがいい思いをする気か」と言われ、2年くらい口を聞いてもらえなかったという。
不幸中の幸いだったのは、全量買い取り契約のおかげで原料の在庫が山ほどあったことだ。計算すると、4年くらいはもちそうだった。この間に、どう経営を立て直すか。出した答えは、原料調達先がないという苦境を逆手に取り、ワキ製薬を研究開発型の会社に脱皮させることだった。
「安い原料を購入してやったほうがいいという声もありました。でも、僕は要らんと。ミミズで世界一になりたい。研究に力を入れてどこよりもいい製品をつくり、ワキ製薬の名を世界に知らしめたかった」
しかし、ここで大きな壁にぶち当たる。研究を進めようにも、「いいミミズ」がいないのだ。
ミミズは品種によって繁殖力や酵素の量が違う。サプリメントの原料にするには頻繁に繁殖し酵素の量も多いミミズでなくてはダメだ。使っているのはルンブルクス種という赤ミミズ。日本には少ないため、増やすための「種ミミズ」すら入手が難しい。途方に暮れていると、父からこんな話が出た。
「祖父が以前、鹿児島の指宿でミミズを飼っていたウラさんという方にお世話になっていた」
行くしかない。営業マンと二人でフェリーに飛び乗り、指宿の街中で手当たり次第に声をかけ続けた。そうして3日後、ついに「指宿のウラさん」を見つけ出した。彼は快くミミズを分けてくれた。
早速、会社の敷地内でミミズを飼い始めた。実は昆虫嫌いなうえに、ミミズを飼うのは初めてだ。ここからミミズとの闘いの日々が始まる。
「ミミズは謎が多い生き物で、個体密度が高かったり雨が降ったりすると逃げ出す。飼育が難しいんです」。台風が来れば社員総出でミミズを守り、冬は毛布を持ち込んで寝ずにミミズの番をした。
製品の原料などに用いている、ルンブルクス種という赤ミミズ。
ミミズは世界を救えるか
同時並行で取り組んだのが、共同研究者の選定だった。ここで脇本は敏腕営業マンの本領を発揮する。アポなしで、東京大学や京都大学の教授の部屋をノックし始めたのだ。
当然、断られる。それでも諦めずに通い続ける。半年後、ようやく京都大学農学部の教授が話を聞いてくれた。ミミズは医療に貢献できるし、世界の課題解決の一助になる力も秘めている。熱く語ると、教授の表情がパッと明るくなった。そして言った。
「ミミズって、タンパク質あるんですか?」
固形物の6割くらいがタンパク質だ。そう答えると教授は「食料もいけるな」とつぶやいた。こうしてミミズの共同研究が始まり、13年には彼を研究開発部長として迎え入れた。