池江選手が白血病を乗り越えて五輪代表の座を射止めたのは、4月の初め。医療チームのサポートもさることながら、本人の努力と競技人生に賭ける並々ならぬ情熱がなければ、ここまでの短期間で現役復帰することは叶わなかったはずだ。
それを思うと、このコロナ禍だけでなく、いろいろと聞こえてくるオリンピックという巨大イベント事業自体の抱える歪みなども、実に残念なことである。
今回は、そんなモヤモヤした気分を吹き飛ばすような快作『ライド・ライク・ア・ガール』(レイチェル・グリフィス監督、2019)を紹介したい。オーストラリア競馬の聖杯、メルボルンカップで、2015年に女性騎手として史上初の栄光に輝いた、ミシェル・ペインの半生を描く実話ドラマだ。
監督のレイチェル・グリフィスはオーストラリアの実力派女優で、これが監督デビュー作。無駄のない演出と生き生きしたカメラワーク、俳優たちの好演によって、シンプルながらもキラリと光る作品に仕上げられている。
ミシェルは10人兄弟の末っ子。生まれて半年の時に母が亡くなったが、調教士の父パディ(サム・ニール)と、10人中8人が騎手の兄や姉たちに囲まれ、物心ついた頃から自分も騎手となることを夢見ている。
(C)2019 100 to 1 Films Pty Ltd
ミシェルの一番の仲良しは、すぐ上の兄スティービー。ダウン症だが一家の中で一番明るく茶目っ気のある兄を、スティービー・ペイン自身が演じている。
(C)2019 100 to 1 Films Pty Ltd
馬の世話をし、競馬を真似たゲームに打ち興じ、時に喧嘩もありの賑やかな家庭の中で、10人もの子育てに相当苦労してきただろうパディの、酸いも甘いも噛み分けた感のある落ち着きが印象的だ。
朝焼けの中、草原を馬で走る幼いミシェルを見守る視線に、末娘への期待が滲んでいる。
ミシェルに訪れる最初の躓き
10年後、ミッション系のスクールに通いながら、パディからトレーニングを受けるミシェル(テリーサ・パーマー)。才能の煌めきを見せる彼女に、パディは「大事なのは忍耐だ」と諭す。
地元のレースに出て優勝した姉ブリジットが、「女はメルボルンに出られない」とか「レースで隙間(前を走る馬と馬の一瞬の隙間に割って入る技術)に入らないと女は臆病だと言われる」などと不満を漏らすシーンは、後にミシェルが味わう女性差別とも響き合っている。