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AFKの会場の1つ、京都府京都文化博物館 別館で

現代アーティストであり、京都芸術大学教授として若手の育成にも携わる椿昇(つばき・のぼる)氏。1980年代から国内外で活躍し、2001年の横浜トリエンナーレで発表した巨大なバッタのバルーン「インセクト・ワールド-飛蝗(バッタ)」は大きな話題を呼んだ。

若手アーティストの教育にも携わる彼がディレクターを務めるのが、アーティストがギャラリーを通さず作品を自ら顧客に直接販売し、売り上げを作家に100%還元する展覧会「ARTISTS’ FAIR KYOTO(以下、AFK)」だ。

多くの若手アーティストがギャラリーに所属できないまま「芸術で食う」ことができず、創作活動を続けられなくなる日本のアート業界。その仕組みに対するオルタナティブとして実験的に始めたこのイベントは、2018年から毎年3月に開催している(2020年はコロナ禍で中止)。

長年、表現活動を続けてきた椿氏に、AFKへの思い、そしてこれからのアーティストに必要な「芸術経営」という考え方について聞いた。

──AFKをはじめたのはどのような経緯からですか?

AFKの原型は、私が学科長を務める京都芸術大学美術工芸学科の卒業制作展でした。それを、学生がお客さんに直接作品を売れるようなアートフェアに変えていったんです。

一般的に卒展の会場には美術館を借りることが多いのですが、美術館だと壁に釘すら打てないし、作品を売ってもいけない。17時には閉められてしまうから、一般のビジネスパーソンは作品を見ることすらできない。アーティストを育てる立場にある芸術系の大学ですら、それでも美術館でやりたいと考える人が多いんですよね。

日本のアートって、ある意味「プリズン」……隔離された収容所の中でやっているようなもの。欧米と比べても特異なその現状に、すごく腹が立っていました。

だから、周囲の反対を押し切って、卒展を大学で開催し、カタログやサイトをバイリンガル仕様でつくって、ワインやシャンパンを用意したオープニングレセプションを開き、コレクターも呼ぶようなものに変えていきました。そんなかたちで3年くらい続けたら、1日で500万円ほどの売り上げが出せるようになった。卒業制作展で、です。それが京都府の耳に入り、一緒にアートフェアをやることになりました。

ただ、普通のアートフェアをやっても、エンドユーザーがいなければ作品は売れるわけがないし、ギャラリーがいなければ設営費などのイニシャルコスト(初期費用)も捻出できない。だから「アートフェア」ではなくて、アーティストオリエンテッド(アーティストを第一に考えた)の「アーティストフェア」をやろうと思って、始めたのがAFKです。

──AFKと、ギャラリーやキュレーター主導で行われる従来的な「アートフェア」の違いとはどんな部分でしょうか。

アーティスト自身が自分の作品を売り、そしてすべての作品を誰でも買うことができるという仕組みです。こういうシステム自体が今のアートシーンにはないですし、その開催を京都府という行政がきちんと担保するのも珍しいこと。

構成=高松孟晋 写真=神谷拓範 編集=松崎美和子

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