ガーナの農村では田口はどこからどう見ても異邦人だ。村の子どもは初めて見るアジア人が怖くて泣き出してしまった。田口は住民との距離を縮めるため、村でチョコレートを作ることにした。村人にとってカカオは身近だが、そこから作られるチョコレートは遠い存在で、食べたことがない人も多かった。
村人から少しずつカカオを持ってきてもてらい、その場で火を起こしてローストし、みんなで皮を剥いた。日本から持っていったミキサーで豆を砕き、絞ったサトウキビや山羊のミルクを入れてチョコレートを仕上げた。
「今考えるとチョコレートと呼べるかも怪しいものだった」と田口は振り返るが、村人はみんなその美味しさに驚いた。70代の老人も、「こんなに美味しいものは生まれて初めて食べた」と感動してくれた。
ガーナではカカオの輸出を政府が一括で管理しており、「重量」に応じて取引されるため、住民はその良し悪しに拘りもなく、そこに愛もなかった。しかし自分たちが育てたカカオが美味しいチョコレートになることを知った農家は、自分たちの仕事に自信と誇りを持てるようになった。田口にはその変化がとても嬉しかったという。
帰国後に突きつけられた現実
帰国後、田口はガーナから持ち帰ったカカオを持って日本のショコラティエを回った。村人たちが育てた素晴らしいカカオを早く知ってもらいたいという希望でいっぱいだった。
しかし、十数軒を回る中で皆が口を揃えて言ったのはガーナ産カカオの品質の低さだった。多くのショコラティエは、自分でカカオを選び、1度単位で温度を調節してローストしている。豆の大きさが変わればローストの時間も変わる。しかしガーナのカカオはサイズがバラバラで、発酵の具合も均等ではなかった。そのため、他の産地のものと比べるとどうしても価格が安くなってしまうということがわかった。
画像提供:Mpraeso合同会社
村人が苦労して育てたカカオが日本のショコラティエが求める品質には程遠いという現実に、田口は深く落ち込んだ。
「良い豆なら高く買うよ」と言われても、チョコレートの味も満足に知らない村人が良い豆を作れるわけがない。品質の高いカカオを満足のいく価格で買い取ってもらえるようにするにはどうすればいいだろうか。問題は山積みだったが、田口は、初めてチョコレートを食べた時の村人の笑顔や、自分の育てたカカオを嬉しそうに見せてくれた姿を思い出し、必ずやり遂げると心に誓った。