オスカー有力候補の「ミナリ」 今年も韓国系監督の作品が受賞か?

農業での成功を夢見て、アメリカに移住してきた韓国人一家の物語だ (c)2020 A24 DISTRIBUTION, LLC All Rights Reserved.


一方、妻のモニカがこの地を忌避しているのは、息子のデビッド(アラン・キム)が心臓に問題を抱えているためだ。町までは遠いし、近くに病院もない。日々、聴診器で彼の心音を確かめながら、農場を拓くことに熱心で家族を顧みない夫を危ぶんでいる。
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夫婦2人で働きに出ている間、デビッドの面倒を見てもらうため、彼らは韓国からモニカの母親を呼び寄せる。孫のデビッドに土産として花札を渡す型破りな祖母のスンジャ(ユン・ヨジョン)は、誰にもストレートにものを言う人間だ。

当初、デビッドはそんな祖母に馴染まずにいたが、自分の小水を彼女に飲ませるという悪戯を仕掛けたことから、2人の距離は縮まっていく。祖母と孫の間で繰り広げられるコミカルで微笑ましいやりとりは、作品前半の見どころだ。少し「不良」な祖母を演じるユン・ヨジョンの熟練の演技と、頭の働く孫役のアラン・キム(8歳)の無垢な表情が光る。

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順調にいくかに見えたジェイコブの畑だったが、地下水が涸れ、作物にも被害が出てしまう。資金繰りに追われる夫の姿を見て、モニカはカリフォルニアに戻って働きたいと言い出す。そのうえ祖母の体調に異変が起き、一家には暗雲が立ち込めるのだが……。

次回作は「君の名は。」の実写リメイク


決して起伏のあるストーリーではないのだが、何より細部にまで目が行き届いた脚本が素晴らしい。前述のように最後にちょっとした事件は起きるのだが、それまでこの韓国人一家の日常が細やかに描かれていく。しかもそのディテールは緊密に物語のなかで結びつき、シーンとシーンが響き合う箇所がいくつもある。

監督である韓国系アメリカ人のリー・アイザック・チョンが脚本も執筆しているが、登場するさまざまなエピソードは、彼の子ども時代の実体験を基にしているという。いわば監督の自伝的作品でもあるのだ。そのためか確かなリアリティに溢れ、自ずと感情移入もしやすくなっている。

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『ミナリ』3月19日(金) TOHOシネマズシャンテほか全国ロードショー / 配給:ギャガ(c)2020 A24 DISTRIBUTION, LLC All Rights Reserved.

しかも、主要に描かれていくのは、人間が生きていくうえでもっとも必要とする、食べ物を育てていくというエピソードなのだ。冒頭で「原点回帰」の物語と書いたが、そういう意味でも、この作品は自分たちのルーツをも考えさせるきっかけを与えてくれる。

たびたび挿入される自然描写も、この作品の魅力となっている。「自分の食べ物を自分で育てることは、もしかしたら神を知ることにいちばん近いかもしれない」と語るチョン監督だが、彼が劇中で描く空と大地はどこまでも美しい。しかし、そこから恵みを得るのには、困難も付き纏うことも彼は知らせる。

「土は優しくはない。農業は常に一定のリスクを伴うけれど、それを描いている映画はとても少ない。だから、そういう部分を見せたかったし、それと対比して自然が優しさを見せてくれる部分も表現したかった」
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文=稲垣伸寿

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