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東京新聞社会部記者(原発取材班キャップ)

福島第一原発の事故現場は、むしろ新たな施設やタンクが次々と建設されている(Getty Images)

2011年3月11日から10年を迎えた。新聞やテレビなど各種メディアは、それを一つの節目として報道しがちだが、本当にそうなのだろうか。東京電力福島第一原発事故の取材を続けていると、「節目」という言葉に違和感を抱く。立ち止まって、そのことから考えたい。

廃炉って? 描けぬイメージ


東電や政府は世界最悪レベルの事故が起きた福島第一原発という場所で、「廃炉」に向けた作業を進めている。廃炉とはどのような状態をいうのだろうか。多くの人たちは、原子炉や建屋が解体されて広大な更地になるイメージを持っているかもしれない。ただ実のところ、東電と政府はそれがどのような状況なのかを示していない。2011年12月につくられた廃炉工程計画「中長期ロードマップ」には、「原子炉建屋など施設の解体」が盛り込まれていたが、それはいまでは消えてしまった。

この10年で原発構内の施設は解体されるのではなく、むしろ広がっていた松林が伐採され、そこに新たな施設やタンクが次々と建設されている。建物は事故前よりも、明らかに増えた。

そのほとんどが放射能で汚染された水やがれきなど放射性廃棄物にかかわる施設だ。事故から30年、40年かかると掲げられた廃炉の後、これら新設の施設がなくなり、更地になっているのか。残念ながら、誰も「福島第一原発の跡地」になっているとは思っていないのが現実である。

水素爆発した福島第一原発
2011年3月15日に起きた4号機建屋の水素爆発直後の様子。手前の3号機建屋は前日に水素爆発で大破(東京電力提供)

「異常なし」に疑問抱けず、後悔した


今年2月13日深夜、肝を冷やした。午後11時8分ごろ、福島県沖を震源としたマグニチュード(M)7.3の地震が発生。福島県北部や宮城県南部で震度6強を観測し、福島第一原発がある福島県大熊町、双葉町でも震度6弱を記録した。

「津波はくるのか」。2016年11月22日早朝には、東日本大震災の余震で津波が発生し、この時は1メートルの津波が原発に到達したこともあった。風呂に入っていた私は、すぐに気象庁のサイトをチェック。津波の危険性がないという情報に「もう大丈夫」とほっとした。だが、この即断を後に深く後悔する。

その後、福島第一原発の周辺に住んでいる人たちに、安否確認のためLINEをした。原発10キロ圏内の福島県浪江町に住む男性からは、すぐに返信があった。「かなり揺れましたね。今も余震が続いています。10年前を思い出します!」。別の女性は「余震が続いて怖い。いやだ。また10年前みたいに避難しなきゃいけないのかな」。別の男性からは「地震のたびに原発の心配をしないといけない。10年たっても、こんなのおかしい」。

原発事故から10年後の地震は、あの日からのことを否応なく思い起こさせたようだった。

福島第一原発では「目立った異常は確認されていない」と、東電や原子力規制委員会が発表した。菅義偉首相も2月14日未明、報道陣に「原子炉関係でも異常な報告についてはない。全て正常ということだ」と述べた。私自身も、発表や首相発言で安心してしまった。

福島第一原発の貯蔵タンク
事故から10年、敷地内には汚染処理水を保管する大型タンク約1000基が林立している

文=小川慎一

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