傷つくことは当たり前──浅田次郎流 人生を前に進める方法

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人生は血まみれ、泥まみれ、汗まみれ


浅田さん自身、デビューが40歳になるなんて、まったく考えていなかったといいます。遅くとも25歳くらいまでにはデビューできると考えていたと。17歳とか18歳の頃は、間違いなく自分は天才だと思っていたそうです。

「そういうもんなんですよ、人生は(笑)。才能を信ずるべし、信ずるべからず。才能を信じなければ本当の努力はできない。でも、才能を過信してしまったら努力はできない。才能はみんなが持っているけれど、汗をかかせてこその才能。それを忘れないでほしいと思う」

あれだけの素晴らしい小説を書く人が、こう語るのです。才能さえあれば、世に出られるわけではない。本当の努力が求められてくるということです。

そして浅田さんが続けたのは、すぐに結果を求めようとしないというアドバイスでした。

「いまやっていることの結果が、明日出ることはない。細かい努力の積み重ね、日々の充実の積み重ねによって、それは得られる。少なくとも何年もかかる話なんだから」

浅田さんの小説世界で強く感じるのは、懸命に生きる市井の人たちへの温かな視線です。多くの主人公が、苦しさや辛さに直面していきます。しかし、そこにはかすかな希望の光が見える。それが、人生を大きく輝かせていくのです。

「傷つくことを恐れないことです。いまの若い人は、本当に従順。僕が若いときは、納得がいかなければ言い返したものです。ところが、いまの若い人は言い返すこともしない。むしろ、すぐに傷ついてしまう」

傷つくことを恐れて、前に踏み出さないと何も起こりません。もしかしたら出会えたかもしれない希望の光にも、近づけないかもしれない。人生の輝きをつかめない可能性もあるのです。

「そもそも人生は血まみれ、泥まみれ、汗まみれなんです。そうやって生きていくのが人生であって、傷つくことは当たり前のこと。人間の本当の苦労というのは、そんな甘いもんじゃない。

“作家になるまで苦労していた”という捏造の物語に僕が怒るのは、世の中をナメた考え方だと思うからです。僕は苦労なんてしていない。本当の苦労というのは、人間を押しつぶすほどのものです。意志の強い人間でも押しつぶしてしまう。それが食べていく苦労というものなんです」

多くの成功者に取材をしてきて実感するのは、そこに至るまでの前提が極めてシビアだということです。そもそも世の中は、不条理、不合理、理不尽、不公平、不平等……、そこからみなスタートしている。でも、それは真理かもしれません。だからこそ小さな希望も、大きな輝きになるのです。

取材したときのことを思い出すと、浅田さんの小説が無性に読みたくなります。小説にも、浅田さんの生きていくうえでのメッセージが、たくさん詰まっているからだと思います。

連載:上阪徹の名言百出
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文=上阪 徹

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