しかし、テイラーは刑務所内から公共の電波を使った呼びかけと、水面下でのロビー活動によって大統領に呼びかけたものの、誤算が生じた。大統領選でトランプ勝利が怪しくなったのだ。11月3日の夜にジョー・バイデンが勝利宣言をして、トランプ再選の見込みは薄くなっていった。そして11月18日にテイラーは前述したFOXの番組に電話出演すると、これまでの主張を切り替えた。それが日本司法そもそもの不当性と拷問の恐れである。この時、トランプ大統領に対してこう訴えたのだ。
「米軍エリート部隊で国家への忠誠、人命奪還など役務を果たした英雄愛国者をトランプ大統領は非情にも(不当な拷問がある日本に)引き渡すのか? トランプ大統領こそこの状況をひっくり返せる」
テイラーは番組中に、軍人、保守層、愛国者の琴線に迫る戦略へと移行したのである。期を同じくして国連人権理事会「恣意的拘禁に関する作業部会」は、ゴーン被告の日本に於ける逮捕・勾留について「根本的に不当」と非難する意見書をまとめた。
テイラーの発言を合図であるかのようにすぐに反応したのが、レバノンで経営の授業プログラムを始めたカルロス・ゴーンである。ゴーンは声明を発表した。
「私はテイラー親子が恐れを感じている日本の司法制度の慣例や戦術を身をもって体験した。テイラー親子を支援していきたい」と述べて、テイラーと同様に「日本の司法制度には問題がある」と再び国際社会に訴えたのだ。
トランプの大統領選敗北が決定的になると、翌12月から1月20日の大統領離任直前までトランプ前大統領は駆け込みで恩赦・減刑を与えている。刑に服す罪人を無罪に、死刑囚をも減刑できる米大統領恩赦という処置により、「ニソール広場の大虐殺」を起こした元ブラックウォーターの4人も恩赦の対象となった。しかし、テレビまで使ったロビー活動にもかかわらず、テイラー親子は駆け込み恩赦の対象とならなかった。テイラーは米国内で違法行為はしていないため、必ずしも大統領恩赦の対象には直接当てはまる案件とは言えず、水面下の陳情も具現化しなかったことになる。
この一連のテイラーの引き渡しで注視しなければならないのは、法廷内の戦略ではなく、法廷外やロビー活動で、誰が仕掛けているか、である。国連人権理事会がゴーン被告の日本における逮捕・勾留について「根本的に不当」という意見書を出したのは偶然のタイミングだろうか。テレビ出演のタイミング、ゴーンの声明など、「仕込み」のシナリオを書いたのは誰なのか。公正公平であるべき法治社会において、カネと権力で融通が効くような動きはこれからも検証していく必要があるだろう。