DX化の流れを受けて1年で大きく成長した、アプリの開発・運用・分析を行うSaaS企業の起業家が見据えるのは、ノーコードアプリ業界、世界初の上場だ。折しも、本取材後に東証マザーズへの上場が承認された。
「去年のうちにIPO(新規株式公開)するつもりでした。家族に『東京五輪までに上場するから仕事に集中させてほしい』と約束していたし、私自身、プロダクトをつくり始めてから8年たち、待ちきれなかった。しかし、投資家のアドバイスもあって、もう一回り大きくなってからと意思決定した。結果的に延期して正解でしたね」
ノーコードのアプリ開発プラットフォームを提供するYappliが成長を加速させている。2020年前半はコロナ禍の影響もあって売り上げが計画値を下回ったが、サブスクリプションモデルの重要指標である、年次の継続収入のARR(年間経常収益)は20億円(20年9月時点)を突破し、1年で50%伸びた。
夏以降は新規受注も回復して、9月には過去最高額を更新した。IPOを先送りした決断が吉と出て、CEOの庵原保文は笑みを隠せない。
成長の背景にあるのは、DX(デジタルトランスフォーメーション)だ。スマホが普及して、消費者とのコミュニケーションや社員との情報共有にアプリを活用する企業が増えた。ただ、社内にアプリをつくれるエンジニアを擁する企業は少なく、外注に出してゼロからつくり込むと時間やお金がかかってしまう。その課題を解決するのが、ノーコード、つまりプログラミング不要というコンセプトだった。
「Yappliなら、1週間もあれば自社アプリをつくれます。リリース後にデザインを替えたりクーポンを配信するのも1分かからない。やりたい施策を即座に実行してPDCAを回せることが最大の強みです」
いまでこそDXの追い風に乗ったが、ここまでの道のりは長かった。遊びでアプリを開発していた庵原のもとに、友人の会社2社からアプリ制作のオファーが舞い込んだのは11年。業界は違ったが、仕様はほぼ同じ。「一個一個を個別につくるのではなく、ドラック・アンド・ドロップで機能やデザインを選んでアプリを量産する仕組みをつくれば楽」と着想を得て、のちに共同創業者となるエンジニア2人と共にプロダクトをつくり始めた。
開発は難航を極めた。会社員をやりながら夜な夜な開発に没頭する毎日を2年間続け、プロダクトができて起業した後も売れない時期が長く続いた。
「起業の興奮は一瞬でなくなりました。うまくいかないと徐々に社会からの孤立を感じるし、マンションの一室で閉塞感との戦いでした。創業メンバー間の会話は日に日になくなっていくし、正直険悪な雰囲気が何年か続きましたね」