昨今、世界的にBlack Lives Matter、BLM運動が広がっています。人種差別問題の酷さ、愚かしさはもう100年以上叫び続けられ、各国内でも、グローバルにも、正面から対峙されてきたはずでした。
しかし、残念ながら現状は違いました。人類社会では、少しでも動揺や波乱の時代がやって来ると、「非認知の作為」が表面化する。そう思えてしまうのです。例えば、米中摩擦、EUの混乱、そしてコロナ大禍と続き、ほんの数年前までの常識が当てはまらなくなってしまう。すると非認知だった影の部分が、にわかに牙を剥き出すのではないでしょうか。
こうした差別問題は実に根深いと思います。表面的な人権重視論やpolitical correctness(政治的公正)では解決できません。差別問題という厄介なテーマは、妖怪に化体されているような気がするのです。
BLM運動から紐解く「遠野物語」
佐々木喜善(鏡石)氏という「日本のグリム」とも別称された人物がいました。哲学館から早稲田大に転じた教養人で地元の村長も務めたのですが、財産上のトラブルに見舞われ、心労からか若死にしてしまいます。
この佐々木氏から伝承として聞いた遠野地方の民話を、文学的に昇華させた作品こそ柳田国男先生の『遠野物語』に他なりません。
柳田先生が官僚と二足のわらじで書いた『遠野物語』が限定部数で自費出版されたのが、1910年6月。早くも9月には、これを絶賛する書評が出ます。「近ごろ近ごろ、面白き書を読みたり。遠野物語なり。再読三読、なお飽くことを知らず。近来の快心事、類少なき奇観なり」。この評者は泉鏡花です。
『遠野物語』は「地勢」から「歌謡」まで119話からなり、いずれも興味深く、かつ後を引くようなストーリーばかりです。長年、遠野地方で伝えられてきた、事実に基づくのでしょうが、文章表現と構成は、間違いなき柳田先生のnarrative(物語り)の才能を感じさせてくれます。