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2020.08.26

ミズノの「社内異分子」が、ベトナム政府の心をつかんだ理由

ベトナムの小学校で体育の授業に導入されている「ミズノヘキサスロン」。

日本の総合スポーツメーカー、ミズノが開発した「ミズノヘキサスロン」。子ども向けの運動プログラムで、2018年からはベトナムの体育授業にも取り入れられている。

その背景には、日本で「異分子」と呼ばれた一社員の奮闘があった。ヘキサスロン事業の担当
社員がたった一人でベトナム政府と渡り合い、全幅の信頼を得て、ついには小学校1000校への導入を決めるのだ。

8月25日発売のForbes JAPAN10月号では、ミズノの取り組みをはじめ新風を巻き起こす「スポーツビジネス」を大特集。ヘキサスロン導入までの挑戦と苦難の物語を、一部抜粋でお届けしよう。


「語弊を恐れず言うなら、北朝鮮のようでした」

ベトナムの体育の授業を見たときの印象を、ミズノの運動プログラム「ヘキサスロン」の事業責任者・森井征五は振り返る。ラジオ体操のような集団運動をする子どもたち。腕の角度が少しでも違うと、目を吊り上げた教師が大声で叱責する。子どもは大人しく従うだけ。一方、森井はチャンスを感じた。

「ベトナムの体育に不足していることをヘキサスロンが補えれば、大きなビジネスになる」

ミズノが開発したヘキサスロンは、「走る」「投げる」「跳ぶ」などの基本的な動作を遊び感覚で身につけられる運動プログラム。ベトナムの公立小学校に提供するCSR事業としても推進されているが、ベトナム普及における事業責任者の森井は、こう言い切る。

「CSRと考えたことはありません。始めてからいまに至るまで、これは『ビジネス』なんです」

事業の始まりは2015年。ベトナム独立運動の指導者ファン・ボイ・チャウと日本人医師の浅羽佐喜太郎との交流を描いたドラマに、森井は感動していた。するとドラマを観た3日後、ベトナムの代理店から「ミズノの卓球用品を販売したい」と連絡がきた。

ベトナムとの縁を感じた森井はすぐに現地へ赴く。代理店の社長からは、事業資金を担保する人物として「私の叔父なんです」と、ベトナムの副首相を紹介された。森井のベトナムでのビジネスが始まった。

森井はまず、ベトナムの小学校でヘキサスロンを試してもらった。すると子どもたちは、弾けるような笑顔で体を動かしはじめる。手応えを感じた森井はベトナム政府にヘキサスロン導入を提言した。しかし、一企業の日本人の話は、まったく聞き入れてもらえなかった。

大きな転機は突然訪れる。森井がヘキサスロンの事業担当者としてテレビ出演したのを見た日本の政府担当者から、連絡がきたのだ。

16年、日本政府は、日本型教育を海外展開するプロジェクト「EDU-Portニッポン」を始動。採択事業の一つに、ヘキサスロンは選ばれることになった。

ミズノは好機を逃していた


当時のベトナムは建国以来初めて、教育の指導要領を改定する時期だった。すでに、韓国、中国、シンガポール、オーストリア、ドイツが自国の体育のコンテンツを売り出しており、ミズノは後れをとった形だった。

だが森井は、その競争から逆転を果たす。要因は、ベトナム副首相の甥にあたる代理店社長の後ろ盾があったことだ。「ベトナムの外交は、“know how”より“know who”を重要視します。つまり、信頼されている人物からの紹介が、交渉における大きな決め手になるのです」。

18年9月、ミズノはベトナム政府と協力締結を結んだ。現在まで、ベトナムの5直轄都市であるハノイ・ハイフォン・ダナン・ホーチミン・カントーの小学校200校にヘキサスロンは導入されている。


ヘキサスロンは走る、跳ぶ、投げるを36の基本動作に分解。グラウンドを持たずタイル張りの中庭しかないベトナムの学校でも怪我のリスクなく運動できる。

ベトナム政府が期待した成果は2つ。「運動量」と「運動強度」を上げることだ。ヘキサスロン導入後は、運動量は4〜5倍に、運動強度は1.2倍に向上した。

ベトナム科学研究所の責任者は「ヘキサスロンは自立を促すプログラムだ」と絶賛する。ヘキサスロン導入後は、子供が運動用具の使い方を主体的に考え、協力して運動するようになったのだ。
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文=田中一成

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