すると、一番強面なスーツ姿の男性が「みんな一緒だよ。気にするな」と慰め、次に他の男性が「このあとも頑張れよ」と励ました。そして車両内が拍手で包まれたのだった。
その同志感にすっかり乗り遅れた私は戸惑ったが、ホームを歩く親子の後ろ姿が見えなくなるまで心の中で祈り続けた。
「この先の道中は、無事に笑顔で目的地に辿り着けますように......」と。
名も知らない若いパパから教わった教訓
もしかしたら、奥さんが下の子の出産で里帰りをしているのかもしれない、祖父母に孫の顔を見せに行く途中だったかもしれない、そして…、わけあって父子での新しい生活がスタートしたばかりだったのかもしれない。
どれも想像で答えはないが、人はどんなに迷惑をかけ失敗しても、その後の対処や誠意の見せ方で全く出来事の意味が変わるのを目の当たりにした。
「小さい子は泣いて当たり前。何が悪いの?」と開き直られれば反感もかうが、何とか最善の努力をしているその姿勢に共感と理解を得られれば、怒りさえ許しや励ましに変わる。
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それは、もう顔も覚えていない若いパパから学んだ強烈な教訓だった。
あれから母親になった今の私なら、容易に想像がつく。
おむつが濡れてない? 喉は渇いてない? お腹が空いてない? 眠いんじゃない? 熱っぽくない? 等々……せめて子供の気を逸らすため微笑みかけるか、父親を経験談で安心させてあげるか、何らかの声掛けができた気がする。
あの時のお嬢さんも20歳近くなり「あの時は大変だったなぁ」と父親からしみじみ言われても「そんなの覚えてるわけないじゃん!」と笑い飛ばしているかもしれない。
そして父親は、昔の自分のような新米パパやママを見たら「大丈夫。みんなお互い様だよ」ときっと優しく微笑みかけている事だろう。