同辞典は現在、racismを「人種上の偏見や差別」で、「人種が人間の特徴や能力を決定付ける第一の要素であり、人種間の違いにより特定の人種が生来の優越性を持つという考え」などと定義している。アイオワ州のドレーク大学を最近卒業したケネディー・ミッチャムは、同辞典の編集部に宛てた一連の電子メールで、この定義には制度的抑圧が考慮されていないと指摘した。
メリアムウェブスター辞典におけるracismの定義は、多くの人が「逆人種差別」の存在を主張するために利用してきた。有名な例としては、テキサス大学オースティン校の入学選考で落選したアビゲイル・フィッシャーが同校を訴えた裁判がある。フィッシャーは、自分が白人であるために選考から落とされたと主張した。
逆人種差別の存在を信じる人は、人種的マイノリティーが入学や就職に際して「不公平な利益」を与えられていると主張してきた。これまでに行われた調査では、白人の間では、「反白人のバイアス」と「米国の褐色化」に対する懸念が高まっていることが示されている。米国では2045年までに非白人が人口の過半数を占めるようになるという予測もこうした懸念を増幅させるかもしれない。
米国では、黒人のジョージ・フロイド、ブリオナ・テイラー、アマード・アーベリーが相次いで警察や白人市民に殺害されたことを受け、多くの人々がトレイボン・マーティンやサンドラ・ブランドをはじめとする多くの犠牲者を思い起こしている。さらに先月には、白人女性のエイミー・クーパーが正当な理由なく黒人男性について警察へ通報した出来事もあり、反人種差別の啓蒙に対する関心が高まっている。
現在のracismの定義は問題の全体像をつかみきれておらず、人種差別の意味と、それが制度や組織の中でどう現れるかについての人々の理解を限定的なものとしてしまう恐れがある。racismとはただ人種を理由にある人物を嫌うことだ、という考えには、米国の建国以来続く暗い人種差別の歴史が反映されていない。
「分離すれど平等」を認めた1896年の最高裁判決、人種隔離を合法化したジム・クロウ法、レッドライニング(黒人居住地域を融資リスクの高い場所とする差別的慣行)、名前による差別などの差別的な法や政策、慣例は全て、制度や構造上の人種差別に寄与している。racismの定義が、米国の黒人が経験している制度的抑圧をきちんと考慮できていなければ、世間一般の理解が不足したままとなってしまう。