世界を席巻するようなイノベーションを起こすために、企業幹部は、どのような発想や方法論で臨むべきなのか―。
「トップの基本的任務である『1戦略、2実行、3価値』という古くからのフレームワーク。そして、ダイナミックな基盤の構築という革新性を並行して遂行する必要がある」
ハーバード大学ビジネススクールで、起業やイノベーション、企業内起業を教えるウィリアム・カー教授は言う。同教授は2013年、米国の起業支援団体、ユーイング・マリオン・コッフマン財団から、40歳未満の優れた研究者に贈られる「プライズ・メダル賞」を受賞した、若手のホープである。
従来、最高経営責任者(CEO)に求められてきた3大使命とは、自社が追うべき「戦略」、その戦略を製品やサービスで「実行」すること、そして、社員や株主、顧客に「価値」をもたらすこと―だ。
だが、IT革命とグローバリゼーションで「国境」や「業界」という概念が意味を失い、自社の発明が間髪入れず後追いされる時代には、鋭敏かつダイナミックな経営でイノベーションを仕掛けねばならない。
優れた品質を保つための伝統的経営管理法である「シックス・シグマ」で高い効率性を維持しつつ、将来を見据えた大胆なプラットフォームを築くべきだと、カー教授は指摘する。
「CEOは、イノベーションに“段階”があることを理解しなければならない」
いわゆる「ホライゾン・モデル」だ。まず、既存の製品改善のための短期的イノベーション。そして、開発が拡大局面にありながら製品化が確実でない中期的イノベーション。3つ目が、推測段階にあり、十分な研究が必要な長期的イノベーションだ。
大企業にとって手ごわいのは、中・長期的イノベーションである。カー教授いわく、IBMやノキアの例を見れば、短期的イノベーションには優れていても、中・長期的な試みがいかに難しいかがわかる。1990年代前半に経営破綻の危機に陥ったIBMは、93年に就任したルイス・ガースナー会長兼CEOの下で再建に成功した。だが、効率的にムダをそぎすぎたあまり、数年後にはイノベーションを起こすための「のりしろ」がなくなり、「明日」の成長に必要なチャンスを生み出せなくなった。
その後、IBMは、「EBO(新規事業のチャンス)」モデルを導入し、基幹業務とは別個のリソースや業績評価などを設定。ROI(投資リターン)ではなく、ベンチャーキャピタリストのように「マイルストーン(画期的な成果)」を探す長期イノベーション戦略を確立し、成功を収めた。