「母の呪縛」から「女性性の解放」へ バレリーナの戦いの軌跡

鈴木 奈央

リリーの役目は基本的にトマと同じく「外圧」だ。トマにしごかれているニナを気分転換させようと、夜の街に連れ出す。お酒、ドラッグ、セクシーな下着、クラブでのダンス、男とのキス。すべて、母がニナに禁じてきたものだ。

その後の酔ったニナが、怒る母を無視して自分の部屋でリリーと快楽を貪ったと思い込んだのは、彼女がいかに性的解放を望んでいたか、リリーの持つ官能を我が物にし、母の呪縛から解き放たれたいと願っていたかの現れだ。

ずっと白鳥で生きてきたニナの葛藤は深く、部屋のぬいぐるみを捨てたり母との軋轢が表面化する一方で、トマとリリーがセックスしているシーンを幻視し、錯乱する。最後までリリーが自分から役を奪う「敵」に見えているのも、ニナの中の二律背反の深さを物語っている。

だが幻覚と憔悴で自我が崩壊する寸前まで行って初めて、黒鳥は具体的に姿を現し始める。ニナの心身を乗っ取ったかのように妖しく力強く羽ばたくそれは、誰にも支配されない女性性のメタファーだ。その暴力的な力をコントロールするため、つまり黒鳥を完璧に踊りきるために、ニナが内なる白鳥を刺したのは必然だった。

母に守られた従順な女から、自らの欲望だけに従う女への変身を遂げたニナ。女が「母の呪縛」から自らを解き放つためには、かくも過酷な戦いを要するのだ。

連載:シネマの女は最後に微笑む
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文=大野 左紀子

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