もちろん、使用する食材の数が少なければ良いと一概に言うわけではないが、それがデュカスがこのエステールで表現するスタイルだ。少ない数の食材のみを使うミニマリズムは、より純粋に食材そのものの味を表現したいということの表れでもあるだろうし、その食材としっかり向き合わなければ、満足できる味は完成しないだろう。
デュカスに料理技法について質問した際には、「現代的なものも古典的なものも使う。使わないものを決めて選択肢を狭めるようなことはしない」と語っていた。そうして吟味した食材に対して、洋の東西にこだわらずにさまざまなアプローチを行うと語っていた。洋の東西にこだわらずに最適なアプローチを行うことで、素材の味を最大限に引き出そうとしているのだ。
また、命あるものをいただく以上、草1本でも無駄なく食べるという精神は、懐石料理の基になる仏教の精神にもつながるという。私が前菜として選んだ「蕎麦の実のクックポット」の仕上げに注がれるソースは、茶色く炒めた玉ねぎ以外は、蕎麦の実と、具材である栗の鬼皮とイガ、花梨の皮など、本来なら捨ててしまう部分でできていた。
それを、コンセプト先行にならずに、しっかりとまとまった上品な味のひと皿に仕上げているところに、世界で20個の星を持つシェフ、デュカス率いる彼のチームの底力を感じる。
クラッシックな味わいのベースがありながらも、栗や花梨などの本来捨てられてしまう食材を使い、素材そのものの味を際立たせている
デュカスがフランスにイケジメを広めた
いまや、フランスの高級レストランで、“イケジメ”の魚は当たり前だ。先日、パリを訪れた際に訪問した、魚を多用するミシュラン2つ星「クラランス」のクリストファー・ペレシェフは、「イケジメは普通の魚の倍の価格だけれども、一度使うと後には戻れない」とその魅力について語っていた。
しかし、EUでは基本的に日本の魚は手に入らない。彼らが言う“イケジメ”とは、フランスの魚をフランス人が締めたイケジメだ。その、フランスにイケジメの魚をもたらしたパイオニアは、実はデュカスなのだという。
日本を訪れてイケジメの魚を知ったデュカスが、どうしてもフランスでも使いたいと考え、日本料理「青柳」の小山裕久シェフに頼んで、ブルターニュ地方の漁師にイケジメの方法を指導してもらったのが1996年のこと。「それ以降、イケジメをする漁師を増やそうと説得し、また1人、また1人と増やしていった」とデュカスは言う。
「イケジメをした魚は、魚も苦しまず、結果として質が長持ちするし、味も良いので、料理にも良く、食べる人にも美味しく食べられる」そう語った後、デュカスはこう続けた。
「何よりも、イケジメという手法を使うことは、魚の命に敬意を示すことです。死に敬意を示すということは、その裏側にある生に敬意を示すことでもあるのですから」