ビジネス

2020.01.05

「東芝はベンチャー企業だ」 どん底で見出した日本製造業の勝ち筋

車谷暢昭 東芝 取締役代表執行役会長CEO


足りないのは技術でなく経営ビジョン

車谷体制になり、東芝の技術はよい意味で注目を集めるようになった。19年11月、東芝はたった1滴の血液から2時間以内でがんを検出できる技術を開発して話題になった。従来のがん検診では、難しいとされていた「ステージ0」のがんの発見も可能になるという。実用化に向けて、ようやく踏み出した一歩に過ぎないが、うまくいけば「精密医療」分野を新たに切り開き、収益拡大につなげていくこともできる。

「東芝は世界で勝てる技術をいくつも持っている。世界中を探しても極めて珍しい会社なんです。技術者が集まり、世界で勝てる技術を開発する伝統がある。足りないのは、経営ビジョンです」
 
車谷は、戦後第一世代の経営者には特別な技術をもって世界に出るマインドがあったと語る。ところが、バブル崩壊後、日本の企業は内向きの論理を強めていった。
 
技術はグローバル市場で戦っているのに、経営は均質的で内向き。これではイノベーションは生まれない。大事なのは、経営陣の多様性と意識改革。だからこそ、車谷はトップ人材の外部登用を進める。
 
サイバーフィジカル分野にいち早く着目していたドイツ・シーメンス社で、デジタル戦略を担当していた島田太郎を迎え入れたことは象徴的な人事として語られる。さらにIBM 、ソニーといったトップ企業で結果を残してきた人材もやってきた。

「イノベーションは多様性から生まれる。開発部門には元から多様性があるのに、経営には足りていない。技術の素晴らしさに経営がついていけてないということです」
 
モデルは東芝ブレイブルーパス所属のリーチ・マイケルが牽引したラグビー日本代表だ。彼らは日本社会に新しい価値観をもたらした。

「彼らはまさに多様性の力を見せつけた。これから東芝は電機メーカーではなく、まったく違う会社に変化します。だからこそ多様性がもっと必要なんです」
 
変化の先に見据えるのは、ベンチャー精神を取り戻し、サイバーフィジカル分野で勝てるテクノロジー企業としての「東芝」だ。車谷は社内で「未来を始動する会社になろう」と語っている。そのこころは?

「僕は社会を変えたい。それはリアルな生活が変わることです。東芝が開発したがん検診で、医療を変えられると思っています。技術は人々が幸せになるためにある。社会の豊かさにつながってほしい。一部の誰かだけがハッピーというのはダメなんです」
 
遅れてやってきた「異質」が、東芝にイノベーションをもたらす時。それは、日本の製造業が新たに生まれ変わった瞬間として記録されるだろう。


東芝◎1875年創業の電機メーカー。2015年の不正会計発覚後、経営危機に直面し、白物家電や医療機器、半導体、テレビ・PCなどの事業を売却。現在は社会インフラ、エネルギー、電子デバイス、デジタルソリューションの4領域で事業を行う。

くるまたに・のぶあき
◎1957年生まれ。東京大学経済学部卒。三井住友銀行取締役兼副頭取執行役員、三井住友フィナンシャルグループ副社長執行役員を経て17年、CVCキャピタル・パートナーズ日本法人の会長兼共同代表。18年4月より現職。

日本で最もイノベーティブな企業を選出した「GREAT COMPANY 2020」。ランキングは特設ページで公開中。

文=石戸 諭 写真=宇佐美 雅浩

この記事は 「Forbes JAPAN 2月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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