けれども私たちは、そうした薬に依存しすぎるようになってしまったのではないだろうか。60歳以上の高齢者だけをとっても、5人に1人が現在、抗うつ剤を服用している。抗うつ剤はいまや、あらゆる薬の中で最も広く処方されているもののひとつだ。
抗うつ剤について、製薬会社はほぼ問題ないと主張する。たしかに、ほかの多くの薬と比較すれば、安全性は高いかもしれない。しかし、まったく無害というわけでもない。
抗うつ剤の副作用には、感情の鈍麻のほか、性欲の減退や勃起障害などの性機能問題、体重増加などが挙げられる。なかには、不眠症や皮膚炎、頭痛、関節痛や筋肉痛、胃腸障害を訴える患者もいる。
また、抗うつ剤には依存性がないと言われているが、服用を止めようとすると「離脱症候群(中断症候群)」を引き起こすおそれがある。すなわち、禁断症状だ。抗うつ剤の服用を突然止めると、めまいや倦怠感を覚えたり、神経が過敏になったり、不眠や不安に悩まされたり、涙もろくなったりする場合がある。身体的に依存することはなくとも、心理的に依存することになりかねない。つまり、服用者が依存していると「感じる」ようになるわけだ。
そうは言っても、抗うつ剤による副作用が蔓延しているということではないし、たとえ副作用が起きても、軽度か一時的であることが多い。
心理学者である筆者が副作用よりも危惧しているのは、医師があまりにも気安く抗うつ剤を処方することだ。その理由を想像するに、抗うつ剤の処方は、患者と医師の両方にとって好都合だからではないだろうか。医師が患者に心の状態を尋ね、「憂うつな気分になることがある」という答えが返ってきたら、「ではこの薬を飲んでみてください」と提案する。これで問題は解決だ。
これは、患者にとってもラクな解決策だ。定期的に薬を飲めば、ふさぎ込んだ気分が晴れるし、延々とセラピーに通う必要もない。感情が麻痺して喜怒哀楽をあまり感じなくなるかもしれないが、不安になるより無感覚のほうがまだましだ。
感情面の問題に対処しようとするこのような姿勢からは、ほかの疑問が浮かび上がってくる。それは、「医師は心理療法について、どのくらい知識を持っているのか」という疑問だ。その答えは、「詳しいことはほとんど知らない」。従って、一般の医師が患者のうつ病や不安障害について手助けできることと言えば、薬を処方するだけとなる。