ところが、締め切りまであと1週間という時期にハプニングが起きました。
この投資案件を耳にしたステークホルダーの1社から、怒りのメールが送られてきたのです。
「グーグルの投資の狙いは何だ」。厳しい問いとともに、投資に強く反対する内容でした。
慌ててメールを送った本人に連絡を取ろうとしましたが、つながりません。ここで万事休すか。上の空になり、夜も寝られなくなりました。
数日後、必死の説明と周囲の取りなしもあって、このステークホルダーも支援する姿勢に転じてくれましたが、その間は本当に心が穏やかではありませんでした。
AIという業界でも、世界規模の市場の陣取り合戦が繰り広げられているなかで、小さなスタートアップも生き残っていかなければならない。その厳しさが改めて身に沁みたできごとでした。
投資に関する契約書がグーグルからメールでまとめて送られてきたのは、締め切りまであと数日という時期でした。
「来たー!」とガッツポーズしました。
11月30日の締め切り当日が入金日になりました。午前中からやきもきしながらネット口座でカチカチクリックを繰り返しているうちに無事入金。初対面から5カ月余り。投資交渉がすべて終わった瞬間でした。
調達が決まった翌日の朝、社員全員に投資を公表すると、「おお」と、どよめきが起きました。
皆、仕事をいっぱい抱え、先も見えない中、手探りで働いています。そんななか、あのグーグルが自分たちの事業を評価してくれたという事実は大きな自信になったと思います。岡田代表も以前から「いつかグーグルみたいな企業に出資してもらえるよう頑張ろう」と語っていたのですが、それが現実になりました。外部からの信頼感も目に見えて高まりました。
デジタル→データ→AIの流れを牽引したい
いまどの産業でも「デジタルトランスフォーメーション」(DX)がすすんでいます。DXに欠かせないデータをどう活用し、AIなどの技術をどう組み入れるかという段階にシフトしています。グローバルな視座で、GAFAをはじめとした企業とどのようにいい関係を築いていくかは、どの企業にも避けられない課題だと思います。
そう考えると、出資に限らず、海外の資本を入れ、同じ方向を向いて協力しながら成長していく、という選択肢を持つことはいいことだと思います。
グーグルの出資を受けるための交渉を通じて、大企業のすきまにいるような小さなベンチャーでも、その価値をきちんと評価してくれるのだと思いました。いま日本は上場ラッシュで、ベンチャーのエコシステムも育ちつつある。そんな状況で、グーグルも日本のスタートアップに注目しているのは確かです。ABEJAへの投資が先駆けになり、日本のベンチャーにさらに投資していこうという流れができたと思っています。
加藤道子(かとう・みちこ)◎ABEJA取締役 最高財務責任者 CFO。モルガン・スタンレー証券、世界銀行グループIFC、ユニゾン・キャピタルでプライベート・エクイティ投資業務、M&A、資本調達等に従事。フルブライト奨学金を得てHarvard Business SchoolでMBA取得。2018年7月にABEJAに参画、2019年6月から取締役。