競争・成長偏重社会の終焉 いまこそ必要な「自分を知ること」の重要性

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──専門的スキルを最初に学び、コミュニケーションや人間関係について学んだ後、最後に自己認識を深める。よく「心体技」と言われるように、自分の心がなによりも重要で、それが支えになって体と技が身につくのが特にスポーツでは一般的だと思っていたのですが、そうではないのですね。

違いますね。スポーツでもビジネスでも、自分の哲学とはたくさんの成功や失敗を積み重ねる過程で形成されていくもの。

専門領域の力をちゃんと発揮し、他者との関係性をしっかり構築することができてパフォーマンスをしている状態の中で初めて、自分の哲学は生まれていきます。絶対に。

──ビジネスの世界でも、いま「自己認識力(セルフアウェアネス)」はあらゆるリーダーたち、マネジメント層の人々における重要なキーワードです。どのような時代背景で重要視されるようになったのでしょうか。

いまはVUCA(Volatility、Uncertainty、Complexity、Ambiguity)の時代であり、ひとつの解を見いだして、ひとつの解で勝ち続けるということはほぼ不可能になってきています。これはビジネスもスポーツもまったく同じ。

一発勝負であれば、なにかひとつの解を持っているほうが有利ですが、現実世界はその勝負が非連続的に続いていくわけなので、結局は自分のことを理解して、他者と関係性をつくって、進化させていくことでしか勝利はないわけです。ビジネスにしても、その時々で自分や会社のことを分かってなかったら成長できないし、他者との関係を構築できなければ、当然、いいチームにはならないです。

これまであらゆる組織のリーダーは、「パワフルな存在」であり、「弱音を吐いてはいけない、弱さを見せてはいけない」という神話に固執し続けてきました。リーダーは組織の牽引者だから、自分の内なる素顔や、プライベートでの姿を見せてはならない、というような。

でもこれは天動説と同じで、誰もそんなことを言ってないのにそうだろうと思ってきただけ。仕事とプライベートを分けないライフスタイルが徐々に浸透してきているように、リーダーであってもプライベートの顔と仕事の顔が一致したほうが無駄な力を使う必要がないので、パフォーマンスが上がるのは当たり前ですよね。

そういった背景があり、競争や成長を重視するだけではなく、ひとりの人として幸せに生きるために必要なのが「自己認識力」なのです。プライベートの幸せを捨ててビジネスパーソンとしての成長を得るといったトレードオフの考え方ではなく、人生全体の幸福度を高めていくことに繋がるのではないかと思いますね。

──とすると、リーダーやマネジメント層以外の人たちにも「自己認識力」は重要なキーワードですよね。

そうですね。特に日本の場合は終身雇用があって、これまで皆全力で働いてきました。しかし時代の流れの中で、終身雇用が崩壊し、副業もいいですよ、兼業もいいですよ、あとは自分で自己鍛錬してくださいねって、会社側が都合よくはしごを外しているわけです。すると、路頭に迷う人たちが増えてしまう。

実は自己認識というのは、単に自分の能力がどうかという話ではなく、本当に自分のやりたいことは何なのかを考えることなんです。日本では個人の意志が重視されず、社会システム上なんとなく受験や就活をし、就職をしたら上司の評価に時間を費やしてきた。そんななかで、いきなり自分のことを理解してくださいとか、本当にやりたいことはなんですかって聞かれても、答えられる人なんているわけがありません。

幸いなことに、この本も発刊してから注目を浴びていますが、そういった影響があるからかなと。いまコーチングが徐々に流行りだしているのも同じ影響からでしょう。この壁にいま、多くの人たちが直面しているわけです。

これまではそんなことなど考えず、引かれたレールを進み、大きな会社ではたらき、成績が優秀だったらそれで幸せでした。しかし、いまはそんな画一的な幸せなど存在しません。だからこそ、自己認識を深め「自分は何者なのか」を考えることはいまとても重要なテーマなのです。

構成=石原龍太郎

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