ビジネスの発想に役立つ「実践的弁証法」入門

新宿にある理容室「ザンギリ」

私は以前、新宿にある理容室「ザンギリ」で、経営アドバイスをしたことがあります。

「ザンギリ」は小さな町の理容室のひとつでした。当時、10分1000円という価格破壊を起こした理容室が登場したことで、従来の業態の理容室は苦境に追い込まれます。そのなかで私はザンギリに対して「どんな付加価値を提供するのか」を考え、弁証法の発想でさまざまな施策を打っていきました。

「運がつく理容室」というキャッチコピーをつけ、お客さんに銭洗弁財天で磨いた5円玉を渡して「出世する人の多い理容室」という差別化をし、TVの取材も受けました。

約9年かけた取り組みの結果、来客数と席あたりの稼働率が上がり、売上増加につながることになります。

実はこのときの経緯を『小さくても勝てます』という著書にまとめ、ダイヤモンド社から出版したあとに、多くの気付きがあったのです。

ここではこの「気付き」について、および、理容室ザンギリを取り巻く環境で「何が起こった」のか、について、弁証法の考え方を使いながらお伝えしたいと思います。なぜなら、それらをお伝えすることが、弁証法を日々のビジネスシーンに役立てるヒントになると信じるからです。

「髪を切るだけ」の10分1000円理容室

理容業界は長い間、価格を高めに設定した理容室と低価格の理容室の間で、競争が繰り返されていました。そしてそのような中、1985年、世界的に著名な経営コンサルタントの大前研一氏が『企業参謀』(プレジデント社)という本を書かれます。

大前氏のような経営コンサルタントの武器は、本来、「漏れなく、ダブりなく」物事を切り分け、要素分解する構造主義的な分析手法です(構造主義については、前回の記事をご覧ください)。

本の中で、大前研一氏はまさに「理容室」を例に要素分解を説明されています。そのなかで単に安くするのではなく、切り捨てられる要素を切り捨てて「髪を切ることだけでいいじゃないか」ということをおっしゃっているのです。

実はここに大前氏のアイデアの思想的跳躍がありました。そしてその思想的跳躍をビジネスの場に落とし込むためにも、さまざまな工夫がなされます。

たとえば、洗髪の代わりに電気掃除機のような装置で切った髪を吸い取る方法であったり、店内を有効活用するための髪を切るブースなど専用ユニットの開発であったりです。髪の毛を切るスペースへの滞在時間を短縮し、回転率を上げようとしたわけです。

そして1990年代に入って「髪を切るだけ」の10分1000円の理容室が生まれ、瞬く間に全国に広がります。この10分1000円の理容室の考え方も、根っこは大前さんの思想と同じです。

大前さんはこのような考え方を、「固定費に対する限界利益の貢献の最大化」という言葉で説明しました。店舗代や人件費といった必ず一定額かかる固定費に対して、限界利益(売上から変動費を引いた額)がどのくらいかかるか、が重要だとしたのです。わかりやすく言うと、店舗のスペースや人件費の有効活用です。

文=さかはらあつし

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