弁証法の視点から読み解けば、近年の学習塾のビジネスはこのようになります。
「学習塾(正)」と「スペースの有効活用(反)」を止揚→「個別指導の学習塾」「個別指導の学習塾(正)」と「講師代の削減(反)」を止揚→「コーチングする教えない塾」
既存の塾のモデルと抽象的な概念を止揚させることで、学習塾ビジネスは進化してきたともいえます。弁証法はひとつのものの考え方ですが、ビジネスにおいては経済学の知識や手法があれば、より高次な止揚が行いやすくなるのです。
回転率重視の業界でどう付加価値を提供するか
さて、理容業界の話に戻りましょう。
「ザンギリ」をアドバイスしていた当時の私は考えました。10分1000円の理容室に勢いがあるなかで、どうやって50分で5000円の理容室の付加価値を理解してもらえばいいのか?
ザンギリのような総合調髪の付加価値ははっきりしています。カットひとつにしても、10分1000円の理容室と5000円の理容室では差があります。10分1000円の理容室は、短時間でカットするためバリカンを使うことになります。すると多くの場合、頭通りのカタチにカットすることになる。人間の頭は左右均等ではないため、全体のバランスがゆがんでしまうこともあるのです。
しかし時間をかけてハサミで切れば、頭のカタチや全体のバランスを見ながら調整するため、長い間髪型がきれいで持ちが良くなります。さらに総合調髪ならではのシャンプーやマッサージ、髭剃りなども行いますから、一言でいえば、付加価値は「ていねいに心を込める」ことになるわけです。
Shutterstock
「ビジネスマンのお客さんを元気にして再び送り出す理容室」
では、「ていねいに心を込める」ということをどうやって伝えていくか?
そのためのマーケティングとポジショニングの発見が、『小さくても勝てます』で書いたような私の役割でした。
最初はお客さんに名前入りのペットボトル飲料をプレゼントするなど、さまざまなサービスを実施しました。また、店主自体をアピールし、他のお店と差別化するために、ブログで政治家の髪型の評論を始めたりもしました。
Shutterstock
少しずつ名前が広まり来客数も増えてきたところで、最終的には「ビジネスマンのお客さんを元気にして再び送り出す理容室」と定義したのです。
弁証法的に考えるとこうなります。
・正=「ていねいに心を込める」総合調髪の理容室
・反=さまざまな施策
・止揚=ビジネスマンのお客さんを元気にして再び送り出す理容室
この定義により方向性が固まれば、あとはさまざまな施策を打つだけです。「運がつく理容室」というキャッチコピーをつけたり、銭洗弁財天で磨いた5円玉を渡し「出世する人の多い理容室」というコンセプトを広めたりと、多くの企画を実装しました。
結果、ザンギリは約9年かけて、少しずつ変化していきます。1年目は月の来客数は400人、稼働率は22.9%、売上は200万円でしたが、最終的には月の来客数は1000人を超え、稼働率は58.3%、売上は600万円以上となったのです。
ザンギリの場合は、10分1000円の理容室が増えている中でどういうポジショニングをとるかが課題でした。弁証法として考えると、どのように「止揚」させるかということを先に考えたとも言えます。
そして、そこに至るまでの施策(反)はひとつではありません。
目標を決めたら、あきらめず、考え得るあらゆる方法を試し続けることが必要なのです。
連載:ビジネスの発想に役立つ「実践的弁証法」入門
過去記事はこちら>>