衝撃だった「渋谷ではたらく社長の告白」
私が装幀というものを最初に意識したきっかけは、『渋谷ではたらく社長の告白』という本だった。出版社アメーバブックスには何冊か世に認知されたヒット作があるが、代表作のひとつと言ってもいいのかもしれない。
ご存知の方も多いとは思うが、サイバーエージェント社長であり、アメーバブックスの社長でもあった藤田晋氏の半自伝的なノンフィクションだ。私は直接本作りにかかわっていたわけではないが、編集者から声をかけられて、完成前のゲラを読ませてもらった記憶がある。私が想定読者に近い20代の男性だったこともあり、カバーに使う写真やタイトルの候補についても感想を求められた。
藤田晋著『渋谷ではたらく社長の告白』 装幀:轡田昭彦/坪井朋子 写真:若木信吾
一読者としてであったが、当時の私はその製作過程を間近で見て、タイトルの配置や写真ひとつでここまで本から受ける印象が変わるものかと驚いたものだった。そしてそのイメージをコントロールする装幀家という専門の職業があるということも、初めて意識することになる。
そんなこんなで小規模なベンチャー出版社であったから、社内でたった一人のウェブ・デザイナーであった私は、時間が経つにつれウェブやブログのデザインだけではなく、徐々に印刷物の依頼も受けるようになった。書店に展開するPOPやポスターから、雑誌や新聞に掲載する広告、ついには本の装幀も。
「装幀とはなんぞや?」という、出発点とすら呼べないようなところから仕事はスタートし、外注デザイナーの版下を盗み見ては、見よう見まねで制作していた。
ただ、その出来に関しては酷いものだったと言わざるを得ない。本の装幀には作法のようなものがあって、それらをある程度肌感覚で身につけないと一定以上のレベルのものをつくるのは難しい。そう振り返ることができるようになったのは、もちろんある程度時間が経ってからであって、当時は目の前にふってくる難題をこなすことで精一杯だった。