大学卒業後、就職せずにバンド活動をしていた私は、アルバイトを転々としながら友人の店のホームページなどをつくっており、それらをポートフォリオにして運良くここで職を得たのだった。
ただし、ウェブ・デザイナーとしての勤務先がたまたま出版社であったというだけで、当時の私は出版や本に特別興味があったわけではなかった。むしろ当時爆発的な拡がりをみせていたインターネットやICC(NTTインターコミュニケーション・センター)で展示されていたような先進的なメディアや表現に惹かれていた。
当時のウェブデザインはいまとは違ってもっと混沌としてイビツだったし、ある意味自由でもあった。Web2.0という名の大号令が海の向こうから届く前。そして、ユーザビリティという言葉が浸透する前──。
サイトを開けば、まずはご挨拶とばかりに作り手の独善的かつ長尺のFlash動画で足止めをくらうなんてことはざらだったし、迷路のような巨大サイトから目的の情報を得るのは、アミダクジで運試しをするようなものだった。運良く得られた情報も、文字情報がご丁寧に画像化され、肝心のテキストデータは得られない、といったような始末だった。
一方で見方を変えれば、明確なルールや了解が浸透していないのをいいことに、製作者の温度や感情がそのまま伝わるような、個性的で熱気に溢れたサイトが多く存在していたようにも思う。法が整備される前の新興〈インターネット〉国家という感じで、各々がおのおののルールで、実験的に好き勝手にやっている風もあった。
1970年代のパンク・ムーブメントのような、既存の価値観の破壊、ここではない未来への渇望、といった溢れ出す衝動や情熱を私はそこから感じていたのだった。
そんなインターネットの未来への萌芽とは対照的に、静的な印刷物は「既にあるもの」であり、かつ、成熟し完成されたものであって、当時の私には、古びて前時代なものに映っていた。私はそこにあえて手をつけようとは思っていなかったし、その理由もなかった。
ところが、たまたまアメーバブックスという出版社で職を得て、本の製作過程を間近でみていくうちに、本というモノにすっかり引きこまれていくのだから、人生というものは分からない。