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大学で教える筆者は以前から、学生たちの投資に対するイメージの悪さを痛感していたが、近年、労働そのものへの印象が悪化したと感じている。いまの金融教育は正しいのだろうか?

 イスラム過激派「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」に二人の日本人が誘拐され、身代金を要求された。多くの関係者の努力もむなしく、最悪の結果になってしまった。犠牲になったお二方と、関係者の方々には心からお悔やみを申し上げたい。

 そうしたなか、巷では最近、「自己責任論」が盛んだ。最終的には本人のリスクでそのような危険な場所に飛び込んだのであり、それは「自己責任」である、と。ある意味、自業自得という話だ。

 私はこれを「どこかで聞いたことがある話だな」と思った。というのも、これは金融教育の中で常に話されることだからだ。金融教育ではまず、「自己責任の原則」と「分散投資」について教わる。

 もちろん、それはとても重要なことである。金融商品取引によって損失を被こうむっても、自らのリスク判断でその取引を行った以上、その損失も自ら負担するという原則だ。もちろん、そのことを投資家に理解してもらうことは大事である。だからこそ、投資家は勉強をしなければいけない。リスクやリターンに対する感覚を研ぎ澄ましていく必要だってある。

 しかし、私はこれを金融教育の「出発点」にすることには非常に疑問を感じている。金融庁や経済産業省と金融教育の話をすると、決まって出てくるのが、学生にまず「自己責任の原則」と「分散投資」について学んでもらおうという話だ。そこで、1億円を保有したとしてモデルポートフォリオを作って株式運用ゲームをさせよう、という展開になる。

 これには私は賛成できない。だから、「金融教育ではまず、働くことが素敵だということを伝えることから始めなければいけない」と話している。すると、だいたい皆さん、ポカンとされる。

 私は、明治大学で14年間ベンチャーファイナンスという講義を受け持っている。明治大学を中心にいろいろな大学で教える機会があるので、毎年、たくさんの学生と接している。学生に限らず、投資のイメージは非常によくない。彼らの多くは、「投資は悪」だとすら思っている。しかし、現実に起きていることはもっと深刻だ。


「投資は悪」から「労働は悪」へ
 いまから2年前、授業でアンケートを行ったことがある。いくつかの質問で投資や勤労に関するイメージを聞いてみたのだが、予想を上回る結果で驚いた。というのは、ベンチャー企業やファイナンスについてのイメージを聞いたら、ベンチャー企業については7~8割の学生が「ブラック」と答え、ファイナンスについても同様に7~8割の学生がダーティーと答えた。私の授業はベンチャーファイナンスなので、学生からすれば「ブラック・ダーティー」と聞こえているわけである。「株式投資ってすばらしいんだよ。それは頑張っている会社を応援することを通じて社会をよくすることなんだ」と学生に説くと、約半数は納得するものの、残りの半分が首を傾かしげている。その理由を聞くと、「会社を応援することはよいことのように思えないから」だという。「会社は悪」だからだそうだ。要するに、会社を素敵なものだと思えないので、それを応援することはよいことには思えないのである。

 こうした傾向は、10年くらい前から目立ち始めたが、いまの方が状況は悪化しているように思う。なぜならば、「会社は悪」がさらに一歩進んで、「労働は悪」へと「深化」しているからである。

 働くことはストレスと時間をお金に交換すること、という考え方が広がっている。労働は、自分の自由を奪われることへの対価ということだ。「働くことはいろいろ辛いこともあるけれども、まあでもいいことだよね。だから、働く場を提供してくれる会社というのは光と影はあれども、応援すべき対象だよね。そして、その会社を応援する株式投資は概ね善だよね」という思考の流れができない限り、長期投資が日本を支えていくという考え方にはならないわけである。つまり、労働=善、会社=善、株式投資=善という、ざっくりした「合意」が必要だ。

 しかし、現実は真逆である。労働=悪、会社=悪、株式投資=悪という考え方が広がっている。だから「自己責任の原則」と「分散投資」の重要性を訴えたところで、そもそも響かない。そのようななか、1億円を元手にチームでどの程度儲けるか、と学生に競わせれば、「株式投資は所詮、金儲けにすぎない」という考えを定着させてしまうだけだ。

「起業」から労働と投資を学ぶ
 先日、その明治大学の学生に試験を行った。多くの学生が私の授業を受けることで投資のイメージが変わったということを書いてくれたことにホッとしたが、それ以上に、「働くことのイメージがよくなった」と言ってくれたことがうれしかった。例えば、このようなことが書いてあった。「ベンチャーファイナンスの授業のなかで出会った人を見てみると、みんな楽しそうに働いていた。自分のなかでは『働くイメージはあまり楽しくないが、お金のために仕方なく行うこと』だと思っていたが、この授業に出た人は誰一人としてお金のために働いていなかった」

 じつは、「働くイメージはあまり楽しくないが、お金のために仕方なく行うこと」というのが、一般的な若者の勤労観だ。これは由々しきことではなかろうか。日本が、社会として立て直さなければいけないところはたくさんあるが、最大の問題は「働くことは素敵だ」ということを中心にし、「一生懸命に働こう」と思えるようになることをもっと大切にすべきだと思う。金融教育で最も重要なのは、勤労と金融の結びつきをしっかりと伝えることなのだ。

 その点では、東京証券取引所が始めた取り組みが面白い。それは、「起業家体験プログラム」である。学生が事業計画を立てて資金を調達して、自分たちで仕入れを行い、自分たちで加工をして販売をし、資金を回収するという起業家がしていることを小さい単位で行うプロジェクトである。そして最後に株主総会を行って株主に分配をして解散する。

 このプログラムのどこがよいかというと、創意工夫をする点、労働と儲けが一致していることを体感できる点である。東京証券取引所の起業家体験プログラムのような「労働」と「投資」のつながりを教えたり体験させたりすることが、本当の金融教育である。アメリカでソーダ水を子供に販売させたり、バザーで販売体験をさせたりするのにも、そのような意味がある。

 アベノミクスが成功するかどうかはもちろん重要だが、長期的にインパクトがあるのは教育だ。しかし、実際にはいまの義務教育を経た学生の多くが「労働は悪」というイメージを持っている。そうした若者を大量に輩出していることは、教育の失敗そのものと言えるのではないか。ぜひ読者諸賢とこの問題意識を共有したい。

文=藤野英人

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