キャリア・教育

2015.03.26 09:50

若者起業率No.1! 福岡市が日本のシアトルになる日




いま、北の仙台、南の福岡が「起業支援」で激しく競い合う。開業3年以下の若い企業こそ、日本の新規雇用の約4割を創出しているからだ。
知恵と情熱が集う「場」をつくった福岡市の挑戦をレポートしよう。


 3年前、史上最年少の36歳で福岡市長に当選した高島宗一郎(40)の趣味はダンスミュージックだ。人気DJの田中知之(FPM)らとも親交を持ち、市のイベントでは自らDJを務め、つめかけた客たちを踊らせる。「経済特区としてクラブの規制緩和も考えています。ここ数年、風営法の“ダンス規制”が議論を呼んでいますが、音楽に合わせて踊ることの何がいけないのか。中央が決めたルールに縛られず、地方は独自のカルチャーで歩みを進めていくべきです。そんな発想こそが、この街が破壊的イノベーションを生み出す原動力になるんです」

 2012年、“福岡をアジアのリーダー都市へ”を掲げ、「スタートアップ都市宣言」を行った。総務省統計局の調べでは、25歳から35歳の若い世代の起業率がもっとも高いのが福岡市だ(12.5%)。

 昨年3月には創業と雇用創出を目指す国家戦略特区に指定されている。
福岡には「妖怪ウォッチ」のヒットで知られるレベルファイブを筆頭に、コンテンツ産業の成長を担う企業も数多い。過去3年間の市税収入の伸び率は、全国の政令都市中トップを記録した。

 なぜ福岡でスタートアップなのか。そのきっかけは11年の米シアトルへの視察旅行だった。「シアトルの強みはコンパクな都市機能と海や山などの自然環境が調和した、住みやすく働きやすい町であること。地元の大学からは豊富な人材が供給され、東海岸の政府中枢から離れた自由な風土がアマゾンやマイクロソフト、スターバックスといった世界的ベンチャーを生み出した。考えてみれば福岡とシアトルは類似する点が非常に多い。福岡から世界にはばたくベンチャーを育成すべきだと確信しました」

 アジアのシリコンバレーを目指し、様々な施策を打ち出した。創業にかかわる登録免許税の軽減や「スタートアップ資金」の創設、ミクシィやGUMIなど東京の起業家を中学校に招く「チャレンジマインド醸成教育」も始動。企業の法人税率の17%以下への引き下げも政府に提言し続けている。「政府の統計でも、創業から3年以内の企業が全体の4割の雇用を生み出している。古い企業は逆に雇用を減らしている。新しい企業が生まれない限り、この国から働く場が消えていく」


昨年10月には市内の繁華街、天神に起業を促進する交流スペース「スタートアップカフェ」を設立したが、これも「若い起業家は、古臭い役所の窓口なんかに寄り付かない」という高島の発案によるものだ。市の中心部、アップルストア福岡天神の真向かいに建つTSUTAYA BOOK STORETENJIN内に設置された「福岡市スタートアップカフェ」を訪れてみると、想像以上の熱気に驚かされた。スタイリッシュな空間に数十名の来場者がつめかけ、起業セミナーの講師の声に熱心に聞き入っていた。「開設から3カ月で200名の相談者が来場。市役所での年間相談件数を一気に抜いた」と話すのは同カフェで創業に関する常勤コンシェルジュを務める藤見哲郎だ。「このスペースの最大の魅力は、起業に関心を持つ市民が気軽に立ち寄れること。TSUTAYAにビジネス書を見にきた客がふらりと訪れ、ビジネスアイデアをコンシェルジュに話し、事業化までの動きをワンストップで相談できる。日本は起業の手続きが煩雑すぎる面がありますが、カフェの存在でそのハードルを一気に下げたい」

 実は藤見は中小企業の再生支援やベンチャー投資を手がける福岡の企業「ドーガン」の社員。自身も東京でネットベンチャーを起業した経験を持つ。(中略)

 オープン時間は夜10時まで。帰宅途中に立ち寄る会社員も多い。間仕切りを減らした自由な空間には、無料で使えるコワーキングスペースもあり、アプリ開発を行うエンジニアらで賑わっている。「ここの魅力は検索だけでは辿りつけない、カオスとセレンディピティ(偶然の出会い)を創出する場」と語るのは非常勤コンシェルジュを務める村上純志だ。福岡発のクリエイティブとテクノロジーの祭典「明星和楽(みょうじょうわらく)」発起人のひとりである村上は、このカフェで運営やトークイベントの企画などに携わる。「カフェの存在は、お祭り好きな福岡の風土ともマッチしています。『明星和楽』は台湾で5,000名を動員したほか、ロンドンでも開催しました。そのつながりを生かし海外の起業家らも招き、福岡からグローバルを目指す起業家らを後押しします」(中略)


生産ストップが生んだ新ビジネスは
スタートアップカフェのオープニングイベントに出席した地元の若手起業家のひとりが、レンタカーサービス「ビークル」を運営する松尾龍馬(32)だ。
1982年生まれの松尾は、「物心ついたころにはバブルが崩壊していた」世代。北九州市の小倉に生まれ、地元の進学校を経て九州大学に進学。大学院を卒業後にトヨタ自動車九州に入社したのが2007年だった。
坂本龍馬と同じ名を持つ松尾は、早くから起業を意識していた。龍馬が脱藩した27歳を迎えたころ、大転機となる「危機」が訪れた。「入社の翌年に、リーマンショックが到来したんです。僕はエンジニアとしてレクサスの製造ラインに関わっていましたが、一時は生産がストップして、定時前には帰れと言われる状況が続いたんです」
ちょうどそのころ、「カーシェアリングというビジネスモデルも登場し、起業するなら今だ」と思い準備に入り、11年に「リーボ」を立ち上げた。「交通革命により、人生を豊かにする」を理念に掲げるリーボは当初、小型EVのカーシェアリング事業をスタート。行政の実証事業にも採択された。

 その後、昨年11月に新しいかたちのレンタカーサービス「ビークル」を始動した。「中小のレンタカー店で稼働率の低い車種を抽出。オープンカーや輸入車などの個性的な車種をブランディングし、ユーザーに提供する」というビジネスモデルだ。

 BMWやフォードマスタングといった、大手が扱わない車種もそろえている。「提携先は保有台数が20台ぐらいの中小のレンタカー店。大手のレンタカー検索サイトではヒットしない車両を、ウェブを通じて消費者のニーズとマッチングしていく。キャンピングカーやバイク、自転車、船、馬など、ありとあらゆる乗り物が簡単に予約できる、“乗り物プラットホーム”を実現したいんです」

 現状の提携先は50社程度だが、大手VCから資金調達し、今夏には500社と提携、1万台の車両確保を目標に動いている。「自分が起業したころは、市役所の起業相談といえば、ラーメン店や美容院の独立開業の話しかできない雰囲気でした。それが、高島市長の時代になって一変しました。バイクが趣味の市長に、『ビークルでハーレーは借りられないのか』と言われ、ハーレーも借りられるようにしました。スタートアップカフェのような場を通じて、起業仲間と交流し刺激し合える恩恵は大きい」

 福岡の魅力は「ほどよく田舎、ほどよく都会なところ」と松尾は語る。「クルマを少し走らせれば、海も山もあって、食べ物もおいしい。少し足を延ばして熊本県の阿蘇山を訪れたり、佐賀の呼よぶこ子にイカを食べに出かけたりといった楽しみもあります」
レンタカーを用いた新しい旅のかたちを提案する、オウンドメディアの立ち上げも視野に入れている。「福岡は韓国、香港、シンガポールなどからの観光客も多い。滞在型の旅行を好む外国人向けに、レンタカーを使った九州一周旅行を提案するなど、インバウンド観光に向けての取り組みも強化していきます」

 福岡の観光資源を、また別のアプローチからビジネス化しようと奮闘する起業家がいる。スマホのGPSを利用した登山・アウトドアアプリ「YAMAP」を開発する「セフリ」のオフィスを訪ねてみた。

 代表の春山慶彦(34)は、福岡県春日市出身。同志社大学を卒業後、米国アラスカ大学に留学。幼いころから「こことは違う何処か」への憧れが常にあった。大学卒業後は“ 世界の秘境ツアー”を手がける東京のユーラシア旅行社に入社。グラフィック雑誌「風の旅人」の編集に携わる傍ら、ツアー添乗員として世界30カ国以上を訪れた。「東京は毎日が刺激的でした。面白い人にもたくさん出会える。ただ、将来、自分が家族を持ち、子供を育てることを考えた時、自分が生まれ育った風土である福岡に何かを還元できる仕事をしたいと思ったのです」

 社名の「セフリ」は福岡と佐賀の県境にそびえる日本三百名山のひとつ脊振山(せふりさん)に由来する。YAMAPの理念は単なるアウトドアアプリの枠を超えて、「日本の自然と町の文化をセットで紹介する観光マップ」に成長させることだ。「温泉地の由布院の町を訪ねる人は多いですが、周囲の里山や自然まで含めて旅を楽しむ人は少ない。このアプリを通じて地域の魅力を発信していきたいんです。一地域に長く滞在させることが地域経済のプラスにもなります」

 もともとは写真で生計を立てたいと思っていた。写真家の星野道夫に憧れ、アラスカの地を踏んだのは06年のこと。イヌイットの猟師たちとアザラシ猟に出かけた先で、彼らが最新のGPS機器を使いこなしていることに衝撃を受けた。「当時はスマートフォンがまだなかった時代。GPSは10万円もする高価なものでしたが、彼らはそれで“宇宙の中の自分の位置”を知り、命がけの猟を行っていた。古来からの伝統を守りつつ、最新技術を取り入れる姿を目にし、これこそが人間健全な営みだと思いました」

 ユーラシア旅行社を退社した春山は10年に福岡に帰郷。雑誌の編集経験を生かし、地元企業や学校のパンフレットなどを制作するデザイン会社を設立した。そして、その翌年、はじめてiPhoneを持って山に登った。スマートフォンの最大の可能性はGPS情報にあると確信した。「類似したアプリもいくつか出ていましたが、どれも単なる地図アプリの域を出ないものでした。単純なGPSツールではなく、山登りを通じたコミュニティを形成するアプリを開発したいと思いました」

 パートナーとなるエンジニア、樋口浩平と出会い、アプリ開発を開始した。東京のベンチャーキャピタル「MOVIDA JAPAN」の第2期スクール生として毎月2回上京。第一線で活躍する先輩起業家や投資家の意見を聞く中で、ビジネスモデルを磨いていった。「当時の福岡には他の起業家とふれあう場所がほとんどありませんでした。私自身、スタートアップに関する知識も乏しく、VCから出資を受けるというと、食い物にされるんじゃないかと思ったりもしていたんです(笑)」

 YAMAPのビジネスモデルは評価され、13年7月にサムライ・インキュベートから約440万円の出資を獲得した。14年にはグッドデザイン賞・ものづくりデザイン賞を受賞したほか、日本IBMの「BlueHub支援企業」にも選ばれた。「現状のダウンロード数は約10万DL。アウトドアというニッチジャンルではトップのひとつになりました。しかし、目先の収益は追わず、プラットホームとして成長させるのが当面の課題。今年4月には英語にも対応します。ハワイやニュージーランド、米国のヨセミテ国立公園など、ピンポイントで各国の観光スポットに対応させ、グローバルに利用者を増やします」(中略)

 ここで冒頭の高島の発言に話を戻そう。
昨年12月末の東京・麹町。全国8県市の首長が集まった「スタートアップ都市推進協議会」のスピーチを高島はこんな言葉で締めくくった。「デフレが当たり前の時代に私も約10年間、サラリーマンをやってきました。経済は停滞し、給料は下がり続け、ボーナスもあがったことがなかった。そして、気づくと高齢者の時代と言われ、未来の想定は暗い話ばかりです。けれど、冗談じゃない。私たちが主役の時代はいつ来るのか。この流れに逆らいたい。新しい技術やサービスで、イノベーションの力で、明日をつくり、この国をよくしていきたいのです。そんな思いでスタートアップにかけています」
(以下略、)

文=上田裕資

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