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Forbes JAPAN 編集部 編集長代理/シニア・ライター

左上から、エビのにぎり、マグロ、のりたま、とろサーモン、かんぴょう巻、うなぎ。手前は上記の並び替え。

「にぎらな寿司を食べに来ませんか?」

筆者がそんな誘いを受けたのは先月のこと。てっきりクックパッドで人気となった、サンドイッチ型のおにぎり「おにぎらず」の別バージョンと思って、東京・汐留で行われた少人数の試食会に出かけた。

そこで目にしたのが、写真のようにレンゲに乗ったゼリーに似たジュレ状の寿司である。しかも、ガリまでジュレ状だ。

なぜ寿司をジュレ状にしなければならないのか?

実はこれ、愛知県豊橋市にある医療法人さわらび会/社会福祉法人さわらび会が、嚥下障害の高齢者向けに開発。食べてもらったところ大いに喜ばれて人気となり、2017年、「SAWARABI HAPPY FOOD PROJECT」が始まった。同グループの山本左近代表をプロジェクトリーダーに、現場の管理栄養士や介護士、クリニカルフードプロデューサーの多田鐸介氏らが開発。アドバイザーとして、宮城大学・石川伸一教授、東北生活文化大学・濟渡久美氏が参加して、作り上げた。その後、全国から「家族に食べさせたい」という声が舞い込んだという。

では、さっそくレンゲを口元に運んでみる。当然、抵抗感はある。寿司に限らず、食べ物には誰しも固定観念があり、見慣れた形が変わってしまうと、心のなかにハードルが出来てしまう。

ところが、口の中に入れてみると、意外にも(失礼)、おいしい。いや、かなりおいしいのだ。日頃の介護で見てきた、プラスチックのお椀に入った、かぼちゃの柔らか煮や粥といった「病院食」のイメージとは大きく異なる。

実はおいしくないと、嚥下障害のトレーニングにならない。食べ続けることが大事であり、それには「食べたい」と思える、おいしさが必須条件なのだ。

開発したメンバーの一人、多田鐸介氏は、幼少期からおばあちゃんに料理を教わり、18歳でフランスの「ル・コルドン・ブルー・パリ」に入学。卒業後はフランスの一流レストランで働き、帰国後はパークハイアット東京などに勤務。彼の人生を変えたのが、浜松の病院にメニュー指導に行ったときのことだったという。



余命2週間の末期がん患者がいて、すでに噛んで食べることができなくなっていた。このとき、「飲み込むことができるゼリー」をつくると、「おいしい」と喜ばれたことが、フランス料理から一転、介護食の道に入るきっかけとなった。

「にぎらな寿司」の開発の秘密は、「分子調理」にあると多田氏は言う。分子調理は「分子ガストロノミー」とも呼ばれ、食材を分子のレベルにまで研究し、料理のプロセスで形や味が変化する点を科学的に分析。新たなメニュー開発に活用するものである。

まずは、「料理は科学である」と位置づけ、分子調理の考えを組み入れた開発レシピで、調理プロセスの温度と時間を詳細に規定したという。

多田氏は「寿司がもっともハードルが高いんです」と言う。「施設に入居している高齢者の方々は免疫力が低下しており、菌に注意する必要があります。すべて加熱をしていますが、加熱をするとマグロがツナになってしまう。そこで出汁を入れるなど、加熱方法を工夫することにしました」

また、匂いにも苦労したという。「魚はすりつぶしたり、練ったりすると、表面層が増えてしまい、生臭い匂いがでます。コメも同様で、油臭くなります。そこで匂いが出ないようにするため、白麹由来の有機酸を含む白麹清酒を使用しました。この中和によって生臭さを抑えることができました」

他にもいくつもの工夫がある。例えば、わさび、ガリ、海苔などの香りのある素材を炙るなどして香気を強調して、「食欲を刺激して、よりおいしく食べていただけるようになります」(多田氏)。また、流動性が高いジュレにしたことで、口中で香りの広がり方に時間差をもたらし、おいしさを味わえるという。

嚥下障害にはレベルがあり、これまでは出来上がった料理をミキサーで砕いたり、刻んだりするものだった(重度のレベルは、胃にチューブで直接栄養物を流しこむ)。

人間は加齢とともに口の中で噛んで唾液と混ぜる咀嚼の力と、飲み込んで食道に流し込む嚥下の力が低下していく。高齢者の死因で常に上位となる肺炎のうち80%以上が「誤嚥性肺炎」(食べ物が食道ではなく、気管に入ること)だ。 誤嚥を防ぐには、適度な粘度があって「かたまり」になりやすく、ベタベタする付着性をなくし、なめらかに喉を通っていくことが重要になる。

そのため、どうしてもミキサーで料理をドロドロにしがちだったが、料理そのものの味を再現できたのが、「にぎらな寿司」である。

日本は世界で最初に超高齢社会に突入し、アジア各国がそれに続く。 食べることは栄養源の補給だけではなく、「喜び」や「楽しさ」でもある。

いつか「にぎらな寿司」が冷凍食品のようにスーパーで手に入るようになると、食事に困る人々の生活に、楽しみが生まれるかもしれない。

文=藤吉 雅春

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