なぜ、日本にCHROは少ないのか? イノベーションを起こすのに必要なのは「人事の戦略化」 入山章栄 x 麻野耕司

左:早稲田大学准教授の入山章栄氏 右:リンクアンドモチベーション取締役・ヴォーカーズ取締役副社長の麻野耕司氏

変化のスピードが早い時代において、企業が生き残っていくためにはイノベーションが必要だ。そんなことはもう飽きるほどに聞いている。しかし日本のGDP(国内総生産)は横ばいが続き、あまり明るい未来が見えてこない。

果たして、日本の企業はなぜイノベーションを起こすことができないのか。また、イノベーションが起こる組織を作るために必要なものは何か。

早稲田大学准教授の入山章栄氏とリンクアンドモチベーション取締役・ヴォーカーズ取締役副社長の麻野耕司氏が「イノベーションを起こす組織」について語った。

日本のイノベーションに圧倒的に足りていないのは「人事」

麻野:今日はイノベーションが起きる組織について話を伺いたいです。入山先生は日本の組織でイノベーションが起こらない原因はどこにあるとお考えですか?

入山:もちろん最大のポイントは経営者ですが、敢えてファンクションで言うならダントツで「人事」ですね。イノベーションをテーマにするとマーケティングやR&Dなどの話に終始しがちですが、私は圧倒的に人事が大切と理解しています。会社は基本的に「人」で構成されているにもかかわらず、なぜ「人」を戦略的に扱わないのか。海外の主要企業では企業戦略を理解し語れる「CHRO(最高人事責任者)」が当然のように存在しているのに、日本企業にはまだほとんどいない。これが日本企業の課題ですね。戦略が語れるCHROのような存在が日本でも存在感を強めていくべきだと思っているんです。

麻野:また、事業を扱うCOOや財務を扱うCFOと同列に人事を扱うCHROを配置している日本企業はまだほとんどありません。COOやCFOは取締役や執行役員なのに人事責任者は部長やマネジャーとして配置されることが多くなっています。日本の組織における人事はオペレーション的な仕事がメインとなっており、戦略的に物事を考えられる人事は少ないですね。特に大企業に顕著だと思いますが……。

入山:いまは戦略そのものがイノベーションになる時代になっています。変化のスピードが早い世界では、競争環境などの分析をじっくりやっているよりも、新しい戦略をどんどん打ち出していくことが大切です。

私が考えるこれからの人事の仕事は「いかに新しいことにチャレンジしていく人材を生み出せるか」だと思っています。経営学的に言えば、イノベーションとは「知と知の組み合わせ」から起こります。しかし、人間はどうしても認知の限界から目の前にある「知と知の組み合わせ」に終始してしまう。

だからこそ遠くの幅広い知識をとってきて新しく組み合わせる「知の探索」が重要になってくるんです。



日本企業はそこが非常に弱い印象です。結局のところ、イノベーションは失敗も多いし、コストもかかるので、つい目の前のものを探求する「知の深化」に偏ってしまうんです。特に日本企業の場合は、新卒一括採用で終身雇用制のところもいまだに多い。すると、同じような人に何十年も囲まれているので、新しい知と知の組み合わせが起きないのです。しかし逆に言えば、、人事制度によって「知の探索」を生み出すことが可能と言うことでもあります。

例えば、主要な海外大手企業の人事戦略は、「知の探索」を意識した構造になっています。ダイバーシティ政策もそうですし、中途採用もそう。どれもが新しい知を社内にもたらす施策です。さらにこういった企業はエリート抜擢主義で、そういう人たちにたくさんの経験を積ませ、知の探索をさせている。

加えて、自社だけに適応する人材を育成するよりは、マーケットニーズをもとに人材を育てているので事業の切り離しもしやすい。ジョブスクリプション型なのもそれを助けます。結果、その余力で、まだ新しい小さい事業にいくつも投資できるのです。日本企業はすべてを真逆にいっている。イノベーションを目指すなら、真逆に向かうべきだ、というのが僕の主張です。

イノベーションとは失敗の上に成り立つもの

麻野:欧米との比較はわかりやすいですが、日本の企業を一足飛びに変えていくのは難しいと思います。オープンイノベーションという形もあれば、特命部隊のように何かをつくっていきましょう、という方法もある。具体的にはどういった施策が必要だと思いますか?

入山:そこはいろんな人たちが模索している最中ですね。正解はないと思うのですが、面白いことをしている日本企業はもちろんあります。

例えば、ソニーでは「出島」のような形で新商品開発を行っている部署があり、そこは本社とは異なる評価制度を用いながら商品開発している。

“新しい商品をつくる”というミッションだけ与えられて、あとは好きなようにやれ、と。その部署の話を聞いていると、企業のトップ、すなわち経営層が出島の組織をとにかく守っているんです。

麻野:出島パターンで成功する組織もあれば、失敗する組織もあると思います。要素としてはソニーのようにトップが組織を守り抜くというのが重要だと思うのですが、それ以外に何か条件はあると思いますか?

入山:一番大切なのは「失敗をどう扱うか」です。イノベーションは「知と知の新しい組み合わせ」によって起きるもので、結果、ほとんどが失敗に終わります。例えば、世界中で天才扱いされているスティーブ・ジョブズだって、実は山ほど失敗作を出している。



例えば、過去にSNSと音楽の統合サービス「Ping」というのを出しているのですが、大失敗。でも、誰もそんなこと知らないですよね。もちろん人は誰もが成功したいわけですが、他方で失敗を受け入れられなければイノベーションは起こりません。でも、日本企業は失敗が大嫌い。

あ、そうです。僕は最近、イノベーションが起こらない企業の共通点を2つ見つけたんです。ひとつめは、社是に「安心安全」が入っている企業(笑)。

麻野:(笑)

入山:ふたつめが「評価制度」です。日本企業の多くは、成功・失敗を紋切り型で評価しがち。紋切り型で評価すると、みんな失敗が怖くなって挑戦しなくなってしまいます。

大切なのは失敗をどう扱うかなんです。例えば、サイバーエージェントの人事担当取締役の曽山哲人さんにお話を伺うと、同社では新卒にも子会社の経営をどんどん任せる。当然ですが、大半は失敗に終わります。うまく経営できなかった社員は失敗が恥ずかしくて会社を辞めたがるのですが、曽山さんはすぐ失敗した社員のところへ行き、「次は何をしたい?」と聞くのだそうです。

その質問に対して社員が答えたことは、すべてやらせる。そうすれば社員は会社を辞めないし、失敗を経験している分、次の成功確率が高くなる。社員が失敗したとしても「彼はあの事業で種を蒔いたよね」や「彼女はあそこで部下をうまく育てたよね」といったように、失敗を失敗で終わらせず、個別に対応し、次につなげていくことが必要なんだと思います。

麻野:評価制度は失敗した人を排除していき、最終的に残った人を選ぶ。そんな仕組みになっているので、失敗しないように社員は動いていきますよね。正直、リンクアンドモチベーションも、そういうきらいはあります。単年のPL(損益計算書)によって毎年、事業責任者が評価がされるので、そこで次の事業の仕込みをしても評価されにくい。

高度成長期の日本社会であれば、終身雇用、年功序列が勝ちパターンだった。人事は戦略を考えなくても、オペレーションをきちんと把握できれば機能することも多かった。しかし、いまはそういう時代ではない。人事の評価制度から見直さないといけないと思います。イノベーションを起こす組織をつくり上げていくにあたって、旧態依然の人事制度は切り込まないといけない課題なのでしょう。

入山:そうだと思います。オリックスのシニア・チェアマンの宮内義彦さんは著書でこんなことを書かれています。現在の日本企業の多くは「製造業モデル」だ、と。同じスキルレベルの人たちが仕組み化された作業をこなしていく。いかに失敗を生み出さないか、が重要だったわけです。製造業中心の時代はこの仕組みがうまく機能していたけど、サービスの時代ではうまくいかない。
次ページ > 必要なのは正確性ではなく、ミッションに対する「腹落ち」

文=園田奈々、写真=若原瑞昌

タグ:

ForbesBrandVoice

人気記事