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TOKYO女子力マニフェスト

砂漠をラクダで移動する

旅先に着くと、私の脳内では、その土地への思い入れに紐づいた小説、ないしは音楽が、ずっとぼんやりと再生されている。小説ならばフレーズだったり、世界観そのものが浮かんでいたり、音楽ならばBGMのようにずっと鳴っている。それが私の旅の「伴奏」となり、それがない旅は味気ない。

パウロ・コエーリョの「アルケミスト」を読んでから、ずっとスペインのアンダルシアから海を渡ってモロッコに入り、その先に広がる砂漠を進む旅に憧れていた。

現代版の「星の王子さま」とも評される「アルケミスト」は、羊飼いの少年が、「宝物」や「幸せの正体」を探して旅をする話だ。スピリチュアルとかそういう類にあまり興味のない私でも、ふっと精神世界に包まれたくなるような、インスパイアされる話にあふれている。

なかでも、いちばん好きなエピソードは次のようなものだ。

幸福の秘密を探ってくるよう言われた男が、ある賢者の大きくて素晴らしい屋敷を訪れる。賢者は油で満たされたスプーンを渡し、「これを零さずに屋敷を散策してきなさい」と言う。戻ってきた男は、油に気を取られ、屋敷を何も見ていなかった。賢者に言われ、今度は屋敷の素晴らしさを堪能して戻ってきたら、スプーンの油はすべてなくなっていた。

「幸福の秘密とは、世界のすべての素晴らしさを味わい、しかもスプーンの油のことを忘れないことだよ」と賢者は語る。

私は常に油をだらだらと零すタイプだった。そして「油がないなら足せばいいじゃない」という強欲さが身を滅ぼすことも、30歳を過ぎて男性にフラれて、やっと学習した。ある意味、「アルケミスト」は人生のバイブル、最高の旅の伴奏になるのではないかと思いモロッコに向かった。

地球上なのに地球ではない風景

モロッコに立つ前、旅慣れた会社の先輩がこう言っていた。

「だいたいの砂漠は行ったけれど、サハラ砂漠はとりわけ美しい」

どういうことかと聞くと、旅行雑誌やパンフレットの写真は、光やアングルが吟味され、早朝など最も美しい時間に撮られているのだそうだ。

エジプトのギザのピラミッドやタイのアユタヤ遺跡のように、実際に行ってみると、街や幹線道路がすぐ近くにまで迫っていて、びっくりするのとも似ている。岩の多い砂漠、草も映えている砂漠、平地の砂漠、いろいろあるし、好みは人それぞれだけど、サハラ砂漠はその大砂丘の雄大さと延々と広がる感じが素晴らしいという。その話を聞いてから、母のように寛容で広大で、いつ何時も美しいサハラ砂漠を妄想していた。

単身赴任の夫とロンドンで合流し、そこからモロッコのマラケシュまで飛行機で3時間半。着いたタイミングは黄昏時で、アザーン(礼拝の合図)が街中のスピーカーから流れ、道は馬車と車とリヤカーで渋滞し、スパイスと馬糞と土埃の匂いが混じりあい、(物理的にも)むせるほどの異国情緒にやられた。

文・写真=鈴木麻友美

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