数年前に世界を騒がせた「LIBOR問題」(ロンドンで活動する大手銀行員らが、うその金利を申告し、金利を不正に操作していた)も、統計の問題と捉えることもできる。
「真の市場金利」が誰にもわからない中、市場金利の統計を作る一つの方法は、複数の取引当事者に、実勢と判断される金利を報告してもらうことである。しかし、報告側からすれば、報告するメリットはないのに判断の責任だけは負わされるとなると、中長期的には報告する人がいなくなってしまう。
この中で、経済にとって必要な統計を将来にわたって作り続けていくためにも、新しい情報技術を応用していく工夫が求められている。
透明性、匿名性の課題を超えて
金融分野では近年、RegTech(レグテック)やSupTech(サプテック)への関心が高まっている。これらについては、金融政策理事会(FSB)が公表したAIに関する報告書の中でも解説している。この報告書は日本銀行のウェブサイト経由で入手できるので、ご関心のある方はお読み頂きたい。
その内容は多岐にわたるが、経済主体がネット空間などに発出するデータを、AIなども使って利用可能な形に整えて活用していくこと、暗号技術などを活用してデータの匿名性を確保していくこと、公的当局が分散型台帳の「ノード」の一つに加わることで、回答側の負担を軽減しながらデータの共有を図ることなどが、今後の可能性として検討されている。これらの方策は、金融に限らず、広く統計全般に応用可能なものであろう。
また、巨大なデータを蓄積しつつある民間企業には、データが経済全体の財産であるとの認識の下、その共有に前向きに対応して頂くことが、ますます重要となってくるように思う。例えば、近年使われることが多い日本銀行の「電子マネー統計」は、電子マネーを発行する主要企業の協力の下で作成されている。もちろん、このような企業の協力を仰ぐ上でも、上述のようなデータの匿名性確保の工夫などが、今後一段と求められていくだろう。
そのうえで、今後、データクレンジングへのAIなどの活用も展望される中、一段と複雑化していくとみられる統計の作成プロセスの透明性を確保し、作成手法に関する認識の共有を進めることも大事である。いかなる統計も真実の「近似」である以上、どのような方法で「近似」を図っているのかについての認識の共有は、統計の誤用や悪用を防ぐ上で必要不可欠だ。
統計への世の中の関心が高まっているいま、経済にとって有益な統計を作り続けていくにはどうすべきか、また、そのために新しい技術をどう活用する余地があるのかといった問題についても、議論が深化していくことを望みたい。
連載:金融から紐解く、世界の「今」
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